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冬日抄
とうじつしょう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第五巻」 筑摩書房
2002(平成14)年7月20日
初出「文藝通信 第二巻第二号(二月号)」文藝春秋社、1934(昭和9)年2月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-10-12 / 2014-09-16
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


    (手紙を書く)

          *

 空想は自然の隈どりだ、櫟林の奥で捕獲した一個のムラサキ蝶を験めようか! 樺色地に薄墨の豹紋を散らして、光りの屈折に随つては、真紫に輝く見るも鮮やかな幻色を呈するのだ。或ひは土の上を飛んでゐる一個のミチシルベをつまみあげて見ようか! シヤムや西蔵の仏像の色彩を連想する類ひのエメラルド・バミリオン、黒、白の斑点――何と、これが土の上に飛んで、土に隠れる警戒色なのだらうか。虹の七色の原色は、虹の明るさをもつて、まんまと奴等の体内に滲み込んでゐるのだ。俺達の空想だつて、在るべきところに在り、発生すべきところに飛んでゐた時には、そいつはそのまゝ虹色の保護色であり、幻色の恵みに他ならぬのだ。奴等を標本箱に収めたところを見る者は、その色彩の「不自然さ」に瞠目して、一体奴等は、こんなにパツとした色彩りをもつて何処に隠れられたものかと疑ふのだ。

          *

 自然のまゝに――在りのまゝに――とのみ希つて、寧ろ不自然な鉛筆画に逢着したくなきものよ。俺は灰色の風に吹かれた真面目さうな俺の顔を水鏡に浮べるにつけ、お気の毒になつて、仕様がないのだ。どんな道楽息子だつて、改心のお辞儀に首垂れる時には鉛筆色に萎れるが、明けても暮れても俺の面上から消え去らうともせぬ憂ひの真面目さ見たいなものを思ふにつけ、灰白色のカワラバツタでも、翅をひろげて見れば、光りに透いて曙色の蛇の目の紋をさんらんと空に描くではなきか――自然は、余程度ぎつい色彩を要求する――と思ふのだ。

          *

 あちらの山で、こちらの河原で、または直ぐそこの野原の芝で、あれこれと採り集めた美しい虫の姿を箱に容れて、冬日の日向の中で哲学者の様な顔をしながら眺めてゐる俺の姿の鉛筆画よ。

          *

 榎の梢に霰のやうに飛んでゐた玉虫! あそこでは光りに沾れた青葉の上に、そこにとまつたからと思つて拾はうとしても稍ともすれば見失ふたのに、こゝでは机の抽出でも本箱の隅でもトランクの底でも、青く金色の虫は何よりも先にはつきりと眼について煩いやうである。だが同じ玉虫の中にも、オバタマムシなんていふ憎悪にドス黒いやつもゐる。



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