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サフランの花
サフランのはな
作品ID52828
著者牧野 信一
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第五巻」 筑摩書房
2002(平成14)年7月20日
初出「行動 第二巻第七号(七月号)」紀伊国屋出版部、1934(昭和9)年7月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-10-20 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 これは私の父親(二十五才)の日記である。一八九八年六月、在米ボストン市

          *

六月六日(月)
 晴、午後に至りて風強し。頭あがらず。七時八時九時と時計を見入つて登校の思ひに急がれるばかりだがいよ/\もうブラッデイ氏の講義に間に合はぬとあきらめたら再び熟睡に落ちて十二時に醒めた。信一の夢を見ること切りなり。余は二度と故山の土を踏まざる考へを胸底深く秘め居れども子を思ふと決心も危ふし。彼既に四才なり。幸ひであれ。二日酔とは話には屡々聞きたるも斯程苦しきものとは思ひ掛けざりき。毒杯なるかな。爾後如何なる機会に相遇せんも断じて酒盃を執るまじ。夕刻ブラッデイ氏帰校の途中来訪せらる。氏の温情は東方の遊子の心を慰さむること夥し。氏なからんか余は到底この寂寞に堪へざるべし。トムソンとハリーが飲酒事件を発見されて譴責処分を享けたる由。然らば余もその同罪なればその由ブラッデイ氏に申出でたるに何故か氏は余の言をとりあげざりし。反つて一個の土産包みを贈らる。開きて見よとすゝめらるゝまゝに紐を解くと空色のソフト帽なり。氏に伴れられてアルバート・グリルへ赴く。恩師の温情深き帽を載き悪気分一掃吾ながら驚くべきおしやべり。氏に別れるやいなや自転車を飛してトムソンを訪問。折好くハリーも来訪中なりしが二人はトムソンの父君の前に引き据えられて大目玉を浴せられてゐる最中なり。トムソンの母君と令妹が涙を溜め居るなり。トムソンとハリーに酒をすゝめしは余の罪なれば彼等を許し余を罰せられよと余は思はず叫びたり。然しその時の余の態度が余りに堅苦しく滑稽なりしならん。余が云ひ終るやいなや両親と令妹が突然笑ひ出したるには寧ろ余が赤面の至りなりき。父君を囲んで吾等の写真を令妹が撮る。後令妹のピアノを聞きて談笑。ハリーはトムソンの部屋に泊り余は下宿に戻り日記を誌す。蓋し二人の友は余の良友なり。

六月七日(T)
 晴、靴を購ふ。代三弗最上品なり。帽に釣合せたるが予算大いに狂へり。帰校すると故国より小包みなり。茶、茶器、縮緬など。ブラッデイ夫人へ茶器、令嬢へ縮緬を贈る。悦び一方ならず夫人は上包みの紙、のし、みづひき、粗品、牧野、日本等の文字を殊の外珍重して客間の壁に飾り令嬢は布を手にとりて得意となり、ピアノの側なる額の下に吊して手を叩きたれば余も亦得意となりて大いに日本の自慢を吹聴せり。夕刻令嬢の友数名日本よりの贈物を見物に来て茶を飲みたり、トムソンの令妹も来訪。余はいとも怪し気なる手つきにて得々然と茶をいれ一同にすゝめたるにジヤパン茶よりも甘しと称して各々四杯も代へたり。当地に発売のジヤパン茶なるものは混合物が多量にてミルク砂糖を交ぜて飲用するが余は口にしたるためしもなし。


六月八日(水)
 雨、休憩時間多くの級友余を囲みて日本の話を強ふるなり。余は級中随一の能弁家として人気高し。午後ト…

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