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好日の記
こうじつのき
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第五巻」 筑摩書房
2002(平成14)年7月20日
初出「報知新聞 第二〇九一〇号、第二〇九一一号、第二〇九一二号」報知新聞社、1935(昭和10)年3月20日、21日、22日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-10-08 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 わたしは昨今横須賀に住んでゐるので、映画などを見たいときは湘南電車で、横浜へ出かけるのであつた。ながい間の酒の習慣を、止むなく禁じなければならない健康状態から、恰度この一年ばかりの間、あちこちの田舎に移り住んで、夕暮時のてれ臭さとたゝかひつゞけてゐたわけだつたが、さう軍艦や飛行機ばかりにうつゝを抜かしても居られず、そんな健康的な軍港に移つても、灯のつく時刻になると、手もなく身柄を持ちあつかつた。こんな心持は馬鹿々々しいと申せば、それぎりだが、ある種の飲酒常習者には容易く心底から同感出来るであらう――この歎きこそ、正しく知る人ぞ知るに相違ない。
 その日は、朝からうらうらとした長閑な日和で――さうさう、わたしの田舎の遊んでばかり居るある友達で、ひとの顔さへ見れば、何かしら理由をつけて、例へば、つまり、女房が癪にさはつたから――とか、友達にだまされて口惜しいから――とか、あまり金がなくつてムシヤクシヤしてしまつたから――とかと、少々落語の主人公泌みるはなしであるが、ほんたうにそんな風に、何かしら理窟をつけて飲まずには居ない男だつた。ところが或る日、わたしと出遇ふと、何う彼があたまをひねつても、癪にさはることも、悲しいことも、嬉しいことも――何んな類ひの理由も見出せなかつたある長閑な一日、彼はひどくてれて(さういふ男に限つて、白面だと無性に内気に似た無口であるものだ、そしてわたしもやゝその種族であるが――)眼を白黒させてゐたが、やがて、
「いや、どうも……けふは、あんまり好い天気だから、まあ、ともかく、一杯やらうぢやないか!」
 と理窟をつけたのである。わたしも、その時には思はず笑ひ出して、賛成したものだつたが、その彼の言葉は妙にいつまでも、はつきりと残つてゐて、あまり好い天気に出会ふときつと、それを思ひ出して苦笑を誘はれるのであつた。
 恰度そんなことを思ひ出して、わたしにも稀には何の悲しいことも嬉しいことも、癪にさはることもない好い天気の日があつて――そこでわたしは断然たる禁酒家であるために、ついふらふらと和やかな陽を浴びて散歩に出るのであつた。わたしは、あの男の言葉を思はず口真似して、何やらなつかしささへ覚えてゐた。
「横須賀中央」といふ駅から、日の出町までの切符を買つて、わたしは何気なく、いつもの湘南電車に乗つたのである。円タクにでも乗つて、あてどもなく海岸通りなどをまはり、春霞みを衝いて出てゆく船を眺め、ゆつくりと支那料理屋にでも休んでから、夜はまたひとりでオデオン座の特等席になりとをさまつて、居眠りでもして来ようといふやうな、何とわたしには全く珍しい「好日」には違ひなかつたのである。ところが、そんな変竹林に、和やかさうな顔つきで、湘南八景あたりの、窓にうつる明るい小山などを眺めてゐるうちに、不図わたしは、やはり、ひとりが、堪らなく、厭! になつ…

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