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山峡の凧
さんきょうのたこ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第六巻」 筑摩書房
2003(平成15)年5月10日
初出「都新聞 第一七二八六号~第一七二八八号」都新聞社、1935(昭和10)年12月26日~28日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-11-10 / 2014-09-16
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 百足凧と称する奇怪なかたちの凧は、殆ど人に知られてゐないらしい。竜凧といふのは去年も日比谷で挙げられたが、それよりも稍かたちが小さく、凡そ構造は似てゐるが、それよりもはつきりと日本趣味のもので滑稽味に富んでゐた。風車仕掛の金色の眼玉と赤く長い舌と馬の尻尾の鬚を持ち、団扇型の胴片が左右に棕梠の毛を爪と擬した節足を四十余片つなぎ合せて、空に浮游するとまことに節足類のうごめくさまを髣髴させた。金紙の眼玉が爛々と陽に輝き、赤く長い舌がぺらぺらと微風に翻つた。
 いつか、凧に関する何かの文献を読んだ時、この凧は昔湘南地方の一部で挙げられ、現今では殆ど姿を没して居るとあり、尚その製作者は相州小田原町に唯一人生存してゐるさうだが名は解つて居らぬとあつた。わたしも、その唯一人といふ製作者の名は知らぬが、その地方では今でも極めて稀に冬の青空に見出すことがあり、わたしも現在その一体を所有してゐる。小田原の町から五六里北へ踏み込み、足柄山の麓にある矢倉沢村といふところの乙鳥音吉なる老人が、わたしの幼少の頃にもこれを作つてわたしに贈つたが、近年――と云つてももう六七年も前のことだが、急にわたしはそれを欲しくなつて、矢倉沢村を訪れたのである。乙鳥音吉はわたしの幼少の時にもチヨンまげをつけた相当の爺いさんに見えたが、いつか訪れた時もやはり同じやうな感じの頬のこけた鷲鼻の顎の長い爺いさんで、禿頭の後頭部に川蜻蛉のやうに小つぽけなチヨンまげを結んでゐた。たゞ昔と明らかに変るところは、完全な聾者になつてゐたことである。わたしは、その時も一ト月あまりも彼の屋敷に滞在して製作の助手をつとめ、その後も何故か冬になると、聾者の爺いさんと酒を酌む静けさが慕はれて、遥々と馬に乗つて訪れた。わたしはその家の一室に机を構えてゐた。
 静かな小春日がつゞいてゐた。音吉が百足の頭部を、そしてわたしが尾端を恭しくさゝげ霜柱を踏みながら、収穫れの済んでゐる芋畑の丘に登つた。わたしは丘の頂上に凧をさゝへて立ち、音吉は坂のふちで糸をとつて、風を待つのであつた。どんな風を待つのか、一向わたしにはそれらしいものも感ぜられないうちに、稍暫く天を仰いで呼吸を見はからつてゐる音吉は、間もなくカケスのやうな叫びをあげて合図の腕を振つた。全く、わたしには風などは解らぬまゝながら、それと同時に、わたしは六尺ちかくも凧と一処に飛びあがつて手を離すのであつた。と音吉は、一歩でもその場を動くことなしに、素早く五六回も糸を腕一杯にたぐつたかと見ると、ムカデはもう松の木の上に胴体をうねらせ徐ろに丘の向方に落ちかゝるのであつた。あはやその尾端が地に接しようとすると、音吉はまた大きく腕一杯に糸をたぐり、再び凧が松の木の上に泳ぎ出すと、徐ろに糸を伸ばした。ほんの三四回それを繰返すうちに最早ムカデは完全に天空高く浮き出し、伸ばせば伸ばす程悠々と…

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