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蘭丸の絵
らんまるのえ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第一巻」 筑摩書房
2002(平成14)年8月20日
初出「少年 第一九六号(豊年号 十二月号)」時事新報社、1919(大正8)年11月8日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-06-28 / 2014-09-16
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 僕等が小学校の時分に、写絵といふものが非常に流行しました。それは毒々しい赤や青の絵具で紙に色々な絵が描いてあつて、例へば武人の顔とか軍旗とか、花とか、その中で自分の気に入つた絵を切り取つて、水にぬらして腕や足に貼付け、上から着物で堅く圧えつけるのです。暫くたつて紙をそつとはがすと、その絵がそのまゝ腕に写つてしまふのです。たゞそれだけの事ですがそれをどういふものかその時分の少年達は、此の上もない面白いものゝやうに思つて、手や足では飽き足らず、終ひには額にまで貼付けて誇つたものです。



 午休の時間に、僕は臂掛が出来かゝつたので、嬉しくて堪らず、機械体操にぶら下つて夢中になつて練習してゐると、其処へ浜田がやつて来て、
「面白い事をしてゐるから来ないか。」と僕の名前を呼んだ。折角出来かゝつて居るのに、……それに浜田の遊びと云へば写絵に定つて居る。僕は写絵は大嫌ひだつたし、若しそれが家へ帰つて母に知れると大へん叱られるので行く気はしなかつたが、どうしても浜田が来て呉れとまで云ふので、渋々ながら降りて行つた。
 雨天体操場の裏には可なり大きな椿の木が繁つて居て、その紅のやうな花と深潭のやうな色をした葉とは、五六人の少年等が集ふには丁度好い日かげをつくつて居た。
「さあ君に之だけ上げよう。この絵はね、僕が昨日わざわざ浅草まで行つて買つて来たんだよ。皆が何処で売つてるときくんだけれど、店の名前は誰にも知らさないのさ……。こんなのを腕に貼つとけば他の者が羨ましがるぜ。だから今この五人だけに僕はやつて、あとから皆にみせびらかしてやらうと思ふのさ。面白いぜ、君も早く写してしまひよ。僕達もう出来ちやつたんだから、早くして方方見せて歩かうじやないか。」と浜田は僕に、まるで百円紙幣でも呉れるかのやうに勿体らしく渡さうとしたので、僕は急いで云つた。
「僕はいけないんだ。家で叱られるんだよ。」
「チエツ意気地がないな。」と浜田は不機嫌な顔色をしたが、僕はそんな事にかまつては居られない程機械体操の練習がしたかつた。
「嫌ならいゝよ。未だ此方に蘭丸や牛若丸や沢山あるんだけれど、そんなのをやらないばつかりだ。」浜田は懐中から蘭丸の綺麗な顔を僅ばかりのぞかせて直ぐに秘してしまつた。
 僕が之迄に見た写し絵は大抵果物とか花鳥とかといふものばかりで、そんなのは全く珍らしかつた。でもたゞ珍らしい位ならば、根が嫌ひな物なのだから何でもなかつたが、その時チラリと僕の眼に写つた蘭丸の顔が如何にも美しく勇ましくまるで芝居にでも出て来る強い若武者を目の当りに見るやうに感じられた。と同時に、あんなのを自分の腕に貼付けたらどんなに愉快だらうと思つた。と急に僕はそれが欲しくなつてしまつた。
「浜田、それ何処で売つてるんだい。」と負惜みなど云つて居られない程僕はそれが欲くなつて尋ねた。
「それは教へられないよ。…

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