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泣き笑ひ
なきわらい
作品ID52881
著者牧野 信一
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第一巻」 筑摩書房
2002(平成14)年8月20日
初出「少年 第一九九号(明治元勲号 三月号)」時事新報社、1920(大正9)年2月8日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-06-16 / 2014-09-16
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ドンドンドン……といふ太鼓の音がどこからともなく晴れた冬の空に響いて居りました。私達は学校の退けるのを待兼ねて、駈けて帰りました。初午のお祭といふことが、此の上もなく私達を悦ばせてゐたのであります。自分達が主役となつて、大人の干渉を少しも受けずに何から何まで自分達の手でやることに、ある誇を感ずることが出来たのであります。ふだんは目上の人の指図の許にのみ暮してゐる自分達にとつては、かういふことで充分に日頃の鬱憤を晴らすことが出来たのであります。

 お稲荷様の前には、もう二三日も前から仕度をして置いたので、莚と板切で作つた舞台がちやんと出来上つて居りました。私達にとつては、それが歌舞伎座の檜舞台よりも、もつと輝いた晴れの舞台だつたのです。そこで思ふ様太鼓をうち鳴らし思ふ様踊り回ることが、想つただけでもどれ程私達の血潮を燃したか解りませんでした。
 楽屋には甲冑、槍、面などが沢山並べてありました。私達はその中に坐つて、何とも云へぬ喜に浸りながら、種々の愉快な相談をして居りました。
 その中に近所の小さな見物人がドヤドヤと詰めかけて参りました。清ちやんと私は両手に力をこめて、太鼓に自分達の喜を含ませて、たゝき始めました。全く私達の喜は、声を張り上げて歌ふかはりに、打鳴す太鼓の音となつて、低く降りた空の鳥さへ驚かした程でした。
 私が疲れると呉服屋の定ちやんが自慢のお祭囃子の腕にうんとよりを掛けてたゝきました。
 間もなく見物人は一ぱいになりました。
「もうそろ/\始めようか。」と清ちやんが云ひました。私は楽屋の隙からそつとのぞいて見ると、近所の未だ学校に上らない子供達がもう待ちに待つて居りました。
 で、楽屋の者はてんでに勝手な扮装に取りかゝりました。誰でも強い軍人になる事を望むで居るのですから、芝居は関ヶ原の合戦のやうに強い軍人ばかりが出て、激しく戦争するといふだけのものでした。然しそれで見物人は充分満足するのでした。

 勢揃ひが出来上つて大勢の強い軍人がいざ出陣しようとするところへ、お隣の小母さんが入つて来ました。
「ね、皆さんにお願ひがあるのよ。内の秀坊がね、お仲間に入れて呉れ、と云つて諾かないんだけれども、一処に遊んでやつて呉れませんか。」と、小母さんは秀ちやんの手を引いて来て、私達に頼みました。
「だつて小母さん!」と清ちやんは、そんな幼い秀ちやんを、自分達の仲間に入れるのが不平で堪らないらしく「秀ちやん、観る人の方がいゝぜ。大きい者と一緒になるとあぶないよ。」と云ひました。
「私もそれは秀坊に云つてきかせたのだがね、どうしても観る人になるといふのは嫌だ、といつて諾かないので――。ね一緒に遊んでやつて下さいよ。」
「だつて小母さん怪我でもあると大変だぜ。」
「そんなこと云はないで遊んでやつて頂戴よ。ね、皆さんに又御褒美を上げるわ。」
「だつて、だつて…

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