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親孝行
おやこうこう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第一巻」 筑摩書房
2002(平成14)年8月20日
初出「少年 第二〇二号(魔の国ロシア号 六月号)」時事新報社、1920(大正9)年5月8日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-06-16 / 2014-09-16
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

「新一、遅くなるよ、さあお起き。」と耳もとで母の声――。おや夢かな、と思ふ途端、悲しくも夢ではなかつた。私は亀の子のやうに床の中にもぐつた儘、眼を開いた。――なさけない程眠かつた。即座に夢を見る、といふことが非常に容易な事だつた。――何も横着で起きないのぢやない、自分の体が目下凡ての物をさし置いて、たゞ睡眠だけを欲してゐるのだから止むを得ない。――どうかもう五分間だけ眠らせてくれ。その五分間を自分は何れ程有用に費すか知れないのだから……などと思ひながら再びウトウトした。
「新!」と先程より稍強硬な母の声!
「ウーム。」と私は、如何に今眠がつてゐるかを表すべく、更にもぐもぐと夜具を引き被つた。
「さあ、さあ、お起き! お起き!」
 倅が可愛いと思ふのなら、もう少し眠らせてくれてもよささうなものだ。此の間、学校で修身の時間に「この身体は両親からさづかつたものだ、吾々は身体を大切にしなければならない、それが先づ第一の孝行である。」と。さうだ! 自分の体が今何よりも睡眠を欲してゐるところだ。それに逆ふことは身体を粗末にすることだ。……つまり親不孝だ。何といふ俺は孝行者であらう。母は、人としてだれでもが心得て居なければならない大切な金言を知らないのだらうか? 母は子供の時あれを教はらなかつたのだらうか……あゝ俺は何といふ不幸だらう。この心が解つたら、母はわが子の孝心に嬉し涙をこぼさなければならない筈なのに――。
「新一さん、お起なさいまし。お母さんに叱られますよ。ね、新一さん!」と女中お松の声。聴く耳もたぬ、安心して眠る。……あゝさうだ。不幸と思つたのは俺の過失だつた。母は矢張りあの金言を弁へてゐるのだ。孝子の心が初めて解つたのだ! 何といふ俺は親孝行者だらう。母は屹度どんなに悦んでゐるだらう。でお松に代らせたのだ。つまり「もつと眠つておいで。」といふ母のありがたい慈悲なのだ。お母さん、子は悦んでゐます、決してお母さんのお心に逆ひません。修身の教訓をこれ程適切に応用した者は一人もないだらう。俺はこんなに親孝行なのに、何故先生は俺の修身点を丙になどしたのだらう、と。
 その瞬間――。
「新! 戯談じやないよ、いゝ気になつて、これで何度目だと思ふの。お父さんに言ひ付けますよ。」と来た!
 あゝ神よ、母を救ひ給へ。
「今、起きます。」
 親父を呼ばれてはたまらない、親父は「金言を弁へざること」母以上であるから!
「さあ、お起き/\!」
「今、起きるところですよ。」
「愚図/\云はないで早くお起きよ。」
 ……余りといへば子の心を弁へぬ親だ。真の孝行といふものは親の言付に従ふばかりが孝行ではない「己の欲せざるところ、これを人にほどこすこと勿れ」だ。……何といふわからずやの母だらう、……俺が説いて教へてやらなければならない。だが口で云つても解らないだらう、行為に現して見せなけれ…

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