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美智子と日曜日の朝の話
みちことにちようびのあさのはなし
作品ID52901
著者牧野 信一
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第一巻」 筑摩書房
2002(平成14)年8月20日
初出「少女 第一〇四号(思出の巻 八月号)」時事新報社、1921(大正10)年7月8日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-06-12 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 日曜の朝でした。――「稀にはお母様のお手伝ひをしたら、」とお母様はちよつと機嫌の悪い顔をなさいましたので、美智子は、
「だつてお母様……」と、あべこべに不機嫌な顔をして、「だつて……だつて……」と、わけのわからない弁解を示して、おさげに結むだリボンを前に廻して、それをもてあそびながら、もう一遍「だつて……」と云ひました。
「そら始つた、こんな時に限つて勉強なんでせう。」
「だつて……」
「勉強なの?」
 斯うお母様に先を越されてしまふと、美智子は更に弱つてしまひました。「お母様は何んてうまいことをおつしやるんでせう。」と思つた美智子は、もうそのお母様の今の言葉でムツとしてしまひました。――あゝ美智子は何といふわが儘な子でせう。それはお母様のおつしやり方も少し皮肉に過ぎた形もないではありませんが、兎に角美智子はお母様のお手伝ひは勿論、勉強をしようなんて意思は毛頭なかつたのですもの。
 私? 私ですか? さあ私は、この二人のどつちの味方になるでせう? 少し考へる時間を与へて下さい。
 私にも、美智子の母の心持はよく解ります――私だつて斯う見えても、もう一人前の大人ですから、さつき、「あゝ美智子といふ子は何といふ我が儘な子でせう。」なんて慨嘆に似た声を出して見たのです。ところがこの私――大人とは云ふものゝまだ学生時代の夢から脱けることの出来ないでゐる大人なのですから、何の見得もなく正直に、私のこの場合の感情を表明したならば、「美智子、怒れ怒れ。」といふ気持も多分にあつたらうと思ひます。
 美智子が今、母に言はうとしてゐるところのものは、この私にはちやんと解つてゐるのであります。美智子は少しも知りませんが、前の晩私は少し用事があつて、十時過ぎに帰宅して見ると、私の机に凭かゝつてゐたのは従妹の美智子でした。「おや、泣いてゐるのか知ら?」と私は軽く驚きました。美智子は嘆くものゝ如きかたちでぴつたりと私の机に打伏してゐるのです。これは何か彼の女は悲しい思ひに駆られて――たゞでさへ、故もなくたゞわけもなく、月見れば涙、花咲けば涙、お星様よ何故泣くの、すゝりなくヴヰオロンの音、あゝ悲しき星よ! ――で、時々美智子が私に見せる歌や詩は、大概そゞろ悲しみをそゝる美しい美しい詩が多い。私も自分は到底出来ないが、詩や歌には可成り興味を持つてゐるし、さうした心持の共鳴者でもあつたから、見せられゝば「この詩はいゝ詩だね、夏の夜の月しづこゝろ、歌をうたへど海の月、想ひは夢のさゞなみに、ふるへて咽ぶわがこゝろ――成程これは美智ちやんが作つたとしては大出来だ、僕なんかはとても出来やしねえ、うめえもんだなあ。」などゝすつかり感心してしまつて、もう一遍私は素的な声を絞つて「夏の夜の月しづこゝろ、歌をうたへど海の月……全くいゝね。」と感嘆してしまふのが常だつたから――。
 こんな上手な、悲しい歌の…

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