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野草雑記・野鳥雑記
やそうざっき・やちょうざっき
副題01 野草雑記
01 やそうざっき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「野草雑記・野鳥雑記」 岩波文庫、岩波書店
2011(平成23)年1月14日
初出野草雑記「短歌研究 第五巻第四号」改造社、1936(昭和11)年4月1日、蒲公英「ごぎやう 第九巻第二〜五号」御形詩社、1930(昭和5)年2月5日〜5月5日、虎杖及び土筆「民族 第三巻第五号」民族発行所、1928(昭和3)年7月1日、菫の方言など「地上楽園 第二巻第七号」大地舎、1927(昭和2)年7月1日、草の名と子供「愛育 第五巻第一〜五号、第十号」恩賜財団愛育会、1939(昭和14)年1月1日〜5月1日、10月1日
入力者Nana ohbe
校正者川山隆
公開 / 更新2013-06-02 / 2014-09-16
長さの目安約 124 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

記念の言葉



 この二冊の小さな本のように、最初思った通りに出来あがらなかった書物も少ない。私は昭和二年の秋、この喜多見の山野のくぬぎ原に、僅かな庭をもつ書斎を建てて、ここを一茶のいうついの住みかにしようという気になった。あたりはまだ一面の芒尾花で、東西南北には各々二三本の大きな松が見え、風のない日には小鳥の声がある。身の老い心の鎮まって行くとともに、久しく憶い出さなかった少年の日が蘇って来る。私の生れ在所も村であったが、家が街道端でこの辺よりは立て込んでいたために、山に入らぬと色々の鳥は見られない。里にいるのは無数の雀ばかり、鳶と烏の他には空を横ぎるものがなかった。雁も水[#挿絵]も時鳥も、すべて歌俳諧と版画とによって知ったのである。これに反して野の草には友だちが多かった。それがこの岡のまわりにも群を成してはいるのだが、幼ない頃に見たのとはどうも様子が少し違う。ということが一段と昔を偲ばしめたのである。
 たとえば「雀の毛槍」などは、私等が抽いて弄んだのは、もっと茎が長々として花の総が大きく、絵にある行列のお供の槍とよく似ていた。母子草もこちらのは、餅に入れるほどにもふっくりと伸びず、小さなうちにもう花が咲いてしまうのは風土のためであろう。すみればかりは関東の野の方が種類も多く、色もずっと鮮かなように思われるが、蒲公英もまた紫雲英も、花がやや少なくかつ色が淋しい。ただその埋め合せに野木瓜とか山吹とか、故郷で覚えていないさまざまの花が、この野の春色を豊かにしているのである。昭和三年の初めての春は楽しかった。もしも幸いにこの家に十年、何事もなくて住み続けることが出来たら、草の話を小さな一巻に集めて、子供や古い友人に読んでもらおうと、思い立ったのも早いことであったが、まだその時には『野鳥雑記』には考え及ばなかったのである。
 鳥は旧友川口孫治郎君の感化もあり、小学校にいた頃からもうよほど好きであった。十三歳の秋から下総の田舎にやって来て、虚弱なために二年ほどの間、目白や鶸を捕ったり飼ったりして暮した。百舌と闘ったこともよく覚えている。雪の中では南天の実を餌にして、鵯をつかまえたことも何度かある。雲雀の巣の発見などは、それよりもずっと早く、恐らく自分が単独に為し遂げた最初の事業であって、今でもその日の胸の轟きが記憶せられる。小鳥の嫌いな少年もあるまいが、私はその中でも出色であった。川口君の『飛騨の鳥』、『続飛騨の鳥』を出版して、それを外国に持って行って毎日読み、人にも読ませたのは寂しいためばかりではなかった。少なくとも私の鳥好きは持続している。この砧の新村の初期には、野は満目の麦生であり、空は未明から雲雀の音楽を以て覆われていた。それが春ごとに少しずつ遠ざかり、また少なくなって行くのに心づいて、段々に外へ出て鳥の声を求めるような癖を、養わずにはいられなかったの…

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