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阿房山賦
おぼうさんのふ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「柳北全集」 文藝倶楽部、博文館
1897(明治30)年7月9日
入力者塩見謙太
校正者宮川真弥
公開 / 更新2011-05-27 / 2014-09-16
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


王政興ツテ四海一ナリ。廃藩速ニシテ布告出ヅ。三百余家ヲ一変シテ華族ト改称ス。家来国ニ残ツテ独リ召サレ直チニ東京ニ赴ク。身分楽々トシテ流レテ遊蕩トナリ、酒宴ニ一酌妓楼ニ一泊、細帯漫ク回シテ洋帽高ク戴ケリ。各美人ヲ抱テ放心逸楽、快々焉タリ欣々焉タリ。纏頭散財積ンデ其幾千万両ナルヲ知ラズ。柳橋ニ涎ヲ垂ラスハ未ダ陰ナラザルニ何ノ雨ゾ、金春ヲ空ニ歩行クハ眠ラザルニ何ノ夢ゾ、大抵酩酊シテ東西ヲ知ラズ。芝居ノ見物桟敷満々タリ。花火ノ遊山屋形広々タリ。一日ノ内一月ノ間ニシテ物入リ少ナカラズ、芸妓幇間役者話家、媚ヲ献ジ気ニ入ラントシテ争ツテ邸ニ来ル。家令扶従ハ真ノ唐人タリ。三絃ノ珍々タルハ誕生ヲ祝フ也。太鼓ノ鈍々タルハ稲荷ヲ祭ル也。奥向キデ涙ヲ流スハ本妻ヲ棄ツル也。腹ノ立チ角ノ生ルハ焼餅ヲ焚ク也。新宅ノ忽チ建ツハ権妻ヲ迎フル也。飄々トシテ遠ク遊ビ、茫トシテ其往ク所ヲ知ラズ。一去一来愚ヲ尽シ、拙ヲ極メ、多ク飲ミ深ク溺レテ景ヲ好ム。見ルニ堪ヘザル有ルコト三百六旬、相伝ノ什物数代ノ蓄蔵先代ノ遺訓、幾世幾年カ其家ニ伝来シテ積累山ノ如シ。一朝其品ガ消滅スルニ忍ビザルモノ有ラン。刀ヲ薪トシ玉ヲ石トシ、金ハ泥ノ如ク銀ハ土ノ如ク、投ウチ棄テヽ狼藉タリ。主人之ヲ視テ亦甚ダ惜マズ。嗚呼一人ノ奢ハ千万人ノ羨ミナリ。己レ逸楽ヲ好メバ人亦其ノ行ヒヲ誹ル。何奈ンゾ之ヲ賜ハル恩沢ヲ忘レテ、之ヲ遣フ湯水ノ如クナルヤ。妓ヲ揚ゲル玉ヲシテ玉川ノ砂利ヨリモ多ク、妾ニ投ズル金ヲシテ深川ノ薮蚊ヨリモ多ク、了簡ノ浮々シタルハ海ニ在ル水母ヨリモ軽ク、鼻ノ下ノ延ビ過ギタルハ電信ノ張鉄ヨリモ長ク、智慧分別ハ雨夜ノ蛍火ヨリ少ナク、行跡ノ見苦シキハ折助ノ附合ヨリ甚シカラシム。天下ノ人ヲシテ敢テ言ハズシテ惘レシム。痴呆ノ心ハ日ニ益増長セリ。開化進ンデ家禄取ラレ、公布ノ一紙ニ憐ム可シ乞食、嗚呼自分ヲ亡ボス者ハ自分也天ニ非ズ。禄ヲ失フ者ハ時也天朝ニ非ズ。嗟夫レ華族ヲシテ各其身ヲ愛セシメバ以テ家ヲ保ツニ足ル。己レ能ク無用ノ費ヲ節スレバ則チ一生ヲ送リ、子孫ニ至テモ富ヲ有ス可シ。誰カ敢テ誹議センヤ。当人自ラ哀シムノ心無クシテ一類之ヲ哀シム。一類之ヲ哀ンデ而シテ之ヲ諫メズンバ、亦世人ヲシテ一類ヲ哀マシメン。



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