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さかずきの輪廻
さかずきのりんね
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 4」 講談社
1977(昭和52)年2月10日
初出「婦人公論 9巻1号」1924(大正13)年1月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者館野浩美
公開 / 更新2018-01-20 / 2018-03-03
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

(この童話はとくに大人のものとして書きました。)


 昔、京都に、利助という陶器を造る名人がありましたが、この人の名は、あまり伝わらなかったのであります。一代を通じて寡作でありましたうえに、名利というようなことは、すこしも考えなかった人でしたから、べつに交際をした人も少なく、いい作品ができたときは、ただ自分ひとりで満足しているというふうでありました。
 しかし、世間というものは、評判が高くなければ、その人の作ったものを重んずるものでありません。一人や、二人は、まれに、目をとめて見ることはあっても、問題にしなければ、永久に、それだけで忘れられてしまうのです。
 落ち葉にうずもれた、きのこのように、利助の作品は、世に表れませんでした。そしてうす青い、遠山ほどの印象すらもその時代の人たちには残さずに、さびしく利助は去ってしまいました。
 それから、幾十年もの間、惜しげもなく、彼の作った陶器は、心ない人たちの手に取り扱われたのでありましょう。がらくたの間に混じっていました。
 利助の陶器の特徴は、その繊細な美妙な感じにありました。彼は薄手な、純白な陶器に藍と金粉とで、花鳥や、動物を精細に描くのに長じていたのであります。
 瓦のような厚い、不細工な焼き物の間に、この紙のようにうすい、しかも高貴な陶器がいっしょになっているということは、なんという心ないことでありましょう?
 しかも心ない人たちは、それをいっしょにして、手あらく取り扱ったのであります。こうして作数の少なかった利助の作品は、時代をへるとともに、いつしかなくなってゆきました。
 空に輝く星が、一つ、一つ、消え失せるように、それはさびしいことでした。そして砕けた作品は、砂礫といっしょに、溝や、土の上に捨てられて、目から去ってゆくのでした。
 しかし、また、人間のほんとうの努力というものが、けっしてむなしくはならないように、真の芸術というものが、永久に、その光の認められないはずがないのであります。
 ひとたび土中にうずもれた金塊は、かならず、いつか土の下から光を放つときがあるように、利助の作品が、また、芸術を愛好する人たちから騒がれるときがきたのでした。
 けれど、その時分には、少ない品数は、ますます少なくなって、完全なものとては、だれか、利助の作品を愛していたごく少数の人の家庭に残されたものか、また、偶然のことで戸だなのすみにほかの陶器と重なり合って、不思議に、破れずにいたものだけであったのです。
「利助というような名人があったのに、どうしていままで知られなかったろう。」と、陶器の愛好家の一人がいいますと、
「ほんとうの名人というものは、みんな後になってからわかるのだ、見識が高かったとでもいうのだろう。」と、その話の相手はさながら、名人が、その時代では、不遇であったのを怪しまぬように答えました。
「私は、利助…

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