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負傷した線路と月
ふしょうしたせんろとつき
作品ID52986
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 4」 講談社
1977(昭和52)年2月10日
初出「赤い鳥」1925(大正14)年10月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者館野浩美
公開 / 更新2017-10-09 / 2017-09-24
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 レールが、町から村へ、村から平原へ、そして、山の間へと走っていました。
 そこは、町をはなれてから、幾十マイルとなくきたところでした。ある日のこと、汽車が重い荷物や、たくさんな人間を乗せて過ぎていきましたときに、レールのある部分に傷がついたのであります。
 レールは、痛みに堪えられませんでした。そして泣いていました。自分ほど、不運なものがあるだろうか。毎日、毎日、幾たびとなしに、重い汽罐車に頭の上を踏まれなければならない。汽罐車は、それをば平気に思っている。そればかりでなく、太陽が、身を焼くほど、強く照らしつける。日蔭にはいろうとあせっても自由に動くことができない。太い釘が自分の体をまくら木にしっかりと打ちつけている。考えてみると、いったい自分の体というものはどうなるのであろうか……と、レールは、思って泣いていました。
「どうなさったのですか?」と、そばに咲いていた、うす紅色をしたなでしこの花が、はじらうように頭をかしげてたずねました。
 いつも、この花は、なぐさめてくれるのであります。こういわれて、レールはうれしく思いました。
「いえ、さっき、汽罐車が、傷をつけていったのです。たいした傷ではありませんけれども、私は、身の上を考えてつくづく悲しくなりました。それで泣いていたのです。」と、レールは、答えました。
「まあ、そうでしたか……。あなたのような、強い方がお泣きなさるのは、よくよくのことでございましょう。私どもだったら、どうなってしまったかしれない。そういえば、さっきたくさんの材木と、米だわらと、石炭と、なにかの箱を、いっぱい貨車に積んでいきました。そして、今日は客車もいつもよりか長かったようでございました。山のあちらには、海があり、また、温泉などもありますから、そこへいく人たちでにぎわっていたのでしょう。それにしても、あなたの傷が、たいしたことがありませんで、ようございましたこと。」と、花は、しんせつにいいました。
 レールは、きらきらと光る顔を花の方に向けて、
「やさしいあなたが、私をなぐさめてくださるので、どれほど、私は、うれしく思っているでしょう。あなたが、すぐ近くで咲かない時分はどんなに、私は、さびしかったでしょう……。」と、日ごろは、いたって強く黙っていて、辛抱しているレールは、つい涙ぐましい気持ちになりました。
 すると、うす紅色をした花は、いいました。
「しかし、私の命もそう長くはありません。このあつさで、私の体は、弱っています。長いこと雨が降らないのですもの。」と、歎いたのでした。
 このとき、風が、レールの上をかすめて、花を揺すっていったのであります。
 レールは、耳をすましながら、
「夕立がやってきそうですよ。遠方で雷が鳴っています。それは、あなたの耳には、はいりますまい。ずっと遠くでありますから。けれど私どもは、こうして長く、つ…

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