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半日
はんにち
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鴎外全集 第四卷」 岩波書店
1972(昭和47)年2月22日
初出「昴 第三號」1909(明治42)年3月1日
入力者相川良彦
校正者阿部哲也
公開 / 更新2012-08-30 / 2014-09-16
長さの目安約 34 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 六疊の間に、床を三つ並べて取つて、七つになる娘を眞中に寢かして、夫婦が寢てゐる。宵に活けて置いた桐火桶の佐倉炭が、白い灰になつてしまつて、主人の枕元には、唯ゞ心を引込ませたランプが微かに燃えてゐる。その脇には、時計や手帳などを入れた小葢が置いてあつて、その上に假綴の西洋書が開けて伏せてある。主人が讀みさして寢たのであらう。
 一月三十日の午前七時である。西北の風が強く吹いて、雨戸が折々がた/\と鳴る。一間隔てた臺所では下女が起きて、何かこと/\と音をさせてゐる。その音で主人は目を醒ました。
 裏庭の方の障子は微白い。いつの間にか仲働が此處の雨戸丈は開けたのである。主人は側に、夜着の襟に半分程、赤く圓くふとつた顏を埋めて寢てゐる娘を見て、微笑んだ。夜中に夢を見て唱歌を歌つてゐたことを思ひ出したのである。
 主人は、今日は孝明天皇祭だから、九時半迄には賢所に集らねばならない日であつたと思ひ出して、時計を見た。自用車で、此西片町から御所へ往くには、八時半に内を出れば好い。ゆつくり起きても、手水を使つて、朝飯を食ふには、十分の時間があると思つた。
 その時臺所で、「おや、まだお湯は湧かないのかねえ」と、鋭い聲で云ふのが聞えた。忽ち奧さんが白い華奢な手を伸べて、夜着を跳ね上げた。奧さんは頭からすつぽり夜着を被つて寢る癖がある。これは娘であつた時、何處かの家へ賊がはいつて、女の貌の美しいのを見たので、強奸をする氣になつたといふ話を聞いてから、顏の見えないやうにして寢るやうになつたのである。なる程、目鼻立の好い顏である。ほどいたら、身の丈にも餘らうと思はれる髮を束髮にしたのが半ば崩れて、ピンや櫛が、黒塗の臺に赤い小枕を附けた枕の元に落ちてゐる。奧さんは蒼い顏の半ばを占領してゐるかと思ふ程の、大きい、黒目勝の目をばつちり開いた。そして斯う云つた。「まあ、何といふ聲だらう。いつでもあの聲で玉が目を醒ましてしまふ。」それが大聲で、癇走つてゐるのだから、臺所へは確に聞えたのである。
 一體臺所で湯の沸くのが遲い小言を言つたのは誰であるか。これは主人文科大學教授文學博士高山峻藏君の母君である。博士の父が、明治の初年に、同縣の友で好い位地を得てゐた某の世話で、月給十五圓の腰辨當を拜命して、東京に住むやうになつた時から、食ふ筈の肴を食はず、着る筈の着ものを着ずに、博士の學資を續けて、博士が其頃の貸費生といふものになりおふせる迄にしたのは、此母君の力である。博士の父が、ある時世話になつてゐた大官に、洋行といふものは、どの位の金があつたら出來ませうかと問うたら、大官が斯う云つたさうだ。「君は貯金をして息子を洋行させようとでも思ふのか知らぬが、そんな冒險な考を出してはいけない。兎角日本人は財産を重んずるといふ思想に乏しい。第一君などの俸給では、食はずに溜めても、息子を洋行させることは出來な…

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