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松の操美人の生埋
まつのみさおびじんのいきうめ
副題01 序
01 じょ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「圓朝全集 巻の五」 近代文芸資料複刻叢書、世界文庫
1963(昭和38)年8月10日
入力者小林繁雄
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2011-05-24 / 2014-09-16
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

居士は東京に生れ東京に長ちたる者なり。僅に人事を解せしより、市川團十郎氏の演劇と三遊亭圓朝氏の談芸を好み、常に之を見、之を聞くを以て無上の楽しみと為せるが、明治九年以来当地に移住せるを以て、復両氏の技芸を見聞する能わず。只新聞雑誌の評言と、在京知人の通信と、当地の朋友が東京帰りの土産話とに依て、二氏の技芸の、歳月と共に進歩して、團十郎氏が近古歴史中の英雄豪傑に扮して、其の精神風采を摸するに奇を専らにし、圓朝氏が洋の東西、事の古今、人の貴賤を論ぜず、其の世態人情を写すに妙を得たるを知り、彌仰慕の念に耐ず、一囘之を見聞せんと欲するや極めて切なり。去る十七年の夏、偶事に因て出京せるを幸い、平素の欲望を達せん事を思い、旅寓に投じて、行李を卸すや否や、先ず主人を呼で二氏の近状を問う。主人答て曰く、團十郎は新富劇に出場せるが、該劇は近日炎帝特に威を恣にするを以て、昨日俄に場を閉じ、圓朝は避暑をかねて、目今静岡地方に遊べりと。居士之を聞て憮然たるもの暫久しゅうす。此行都下に滞留すること僅に二周間に過ず、團十郎再度場に登らず、圓朝氏留って帰らざるを以て、遂に二氏の技芸を見聞する能わず、宝山空手の思い徒に遺憾を齎らして還る。其の翌十八年の夏酷暑と悪病を避けて有馬の温泉に浴す。端なく会人無々君と邂逅して宿を倶にす。君は真宗の僧侶にして、学識両ら秀で尤も説教に長ぜりと。君一日浴後居士の室に至る、茶を煮て共に世事を談ず。君広長舌を掉い無碍弁を恣にして頻に居士の耳を駭かす。談偶文章と演説の利益に及ぶ。君破顔微笑して曰く、文章の利は百世の後に伝わり、千里の外に及ぶ、演説の益は一席の内に止まり数人の間に限れり、故に利益の広狭より言えば、素より同日の論に非ず、然れども其の人の感情を動かすの深浅より言えば文章遠く演説に及ばず、且近来速記術世に行われ演説をそのまゝ筆に上して世に伝うの便を得たり、親しく耳に聞くと、隔りて目に視ると、感情稍薄きに似たれども尚其の人に対し其の声を聴くの趣を存して尋常文章の人を動すに優れり、余は元来言文一致を唱うる者なり、曾て新井貝原両先輩が易読の文を綴りて有益の書を著わすを見て常に其の識見の高きを感ずれども、然れども尚其の筆を下すや文に近く語に遠きを恨みとなす、維新以降文章頗る体裁を改め、新聞雑誌の世に行わるゝや、文明の魁首社会の先進たる福澤福地両先生高見卓識常に文を草する言文一致の法を用い、高尚の議論を著わし緻密の思想を述ぶるに、佶屈[#挿絵]牙の漢文に傚わず、艶麗嫻雅の和語を摸さず、務めて平易の文字と通常の言語を用い始めしより、世の後進輩靡然として其の風に習い、大いに言語と文章の径庭を縮めたるは余の尤も感賞する所なり、いな大いに世の文明を進め人の智識を加うるに稗益あり、且夫試に言語と文章の人の感情を動かすの軽重に就て爰に一例を挙んに、韓退之蘇子瞻の上に駕する漢文…

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