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春雪の出羽路の三日
しゅんせつのでわじのみっか
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「喜田貞吉著作集 第一二巻 斉東史話・紀行文」 平凡社
1980(昭和55)年8月25日
初出「社会史研究 第九巻第六号」1923(大正12)年6月
入力者しだひろし
校正者岩澤秀紀
公開 / 更新2012-06-07 / 2014-09-16
長さの目安約 34 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

思いのほかの雪中旅行

 昨年十一月に始めて出羽の踏査に着手したその続きを、この春の休暇中にやってみたいと思っている折から、山形県史蹟名勝天然記念物調査委員会の開会式が行われるので、やって来ぬかと理事官の有吉君から言って来られた。これ幸いとさきに御厄介になった庄内の阿部正己君に、同地方遺蹟踏査の御相談に及ぶと、このころはまだ雪が深くてとても駄目だとのお返事だ。冗談じゃない、こちらではもう桜が咲きかけているころだ。同じ本州のうちでも奥羽地方となるとそんなにまで様子が違うものか、これは一つ遺蹟踏査よりも雪の春景色を見たいものだ。それには庄内方面よりもいっそう雪の深かりそうな羽後の仙北地方がよかろう。かねて見たいと思っている後三年の役の遺蹟金沢柵址を、雪の中に見てまわるも面白かろう。ついでに久しくお目にかからぬ紫水生深沢多市君をもお訪ねしたい。同君は昨年丹後熊野郡長を辞してこの仙北の地に帰臥せられ、お好きの道とて郷里の故事を調査せられ、現に秋田県史蹟調査委員となって、最近には「雄勝城址考」の謄写版刷をも寄せられたほどの熱心なお方だ。雪で踏査が駄目ならば、お目にかかってお話を伺うだけでも有益であるに相違ない。同君は昨年帰郷後、祝融の災にかかられて、多年蒐集の史料までも少からず焼いてしまわれた。親しくそのお見舞も申したい。かたがた今回は羽後まで足を伸ばそうと、早速御都合を伺うとぜひ出て来いと言われる。その交渉に手間取って、やっと二十七日の東京上野駅発の夜の急行で出発した。
 東海道線とは違って奥羽線の二等室はゆっくりしている。寝室を取らずとも楽々と足を伸ばして、大宮駅のあたりから眠りにつき、白河・福島も夢の間に過ぎて、目が覚めたのはすでに奥州と羽州の境界たる板谷峠をも越えた後であった。窓外を見ればまだ夜が明けぬながら、なるほど雪が深いらしい。さすがに出羽だと思った。米沢・赤湯あたり、平地の開けた所見渡す限り広々と雪の原だ。それが不思議にも山形に近づくとほとんどなくなっている。山形で下車して有吉君に行程のことを電話し、次の列車に乗りかえて北に進む。天童・神町・楯岡以北、まただんだんと雪が多くなっている。平地では約二尺、線路の両側に掻き上げた所では、八尺くらいの高さの所がある。民家の屋の棟から掻き落した雪は家を取り囲んで堤防を作り、家の入口は低く穴室の中へ下りて行く形になっている所もある。これならばなるほどよく寒風を防いで、冬も比較的暖かく過ごせる訳だ。線路に沿うて墓地のある所があった。石碑はむろん深く雪の底に埋まっている。そこに新たに埋められた新墓が二基、雪を掘り上げた擂鉢の底のような所に、淋しく設けられているのはいっそう物哀れだ。雪国では葬式も容易でない。
 新庄以北、釜淵・及位あたり、山手にかかっては雪がますます深く、山の斜面には雪崩の跡が所々に見える。駅の前は吹雪…

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