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嵐の夜
あらしのよる
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選 小川未明集 幽霊船」 ちくま文庫、筑摩書房
2008(平成20)年8月10日
初出「宗教界」1906(明治39)年11月号
入力者門田裕志
校正者坂本真一
公開 / 更新2016-08-03 / 2016-06-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 父さんは海へ、母さんは山へ、秋日和の麗わしい日に働きに出掛けて、後には今年八歳になる女の子が留守居をしていました。
 もとより貧しい家で、山の麓の小高い所に建っている一軒家で、三毛猫のまりと遊んで父さんや、母さんの帰るのを楽しみに遊んでいました。見渡す限り畑や圃は黄金色に色づいて、家の裏表に植っている柿や、栗の樹の葉は黄色になって、ひらひらと秋風に揺れています。うす雲の間から、洩れる弱い日影は、藁葺屋根の上に照って、静かな、長閑な天気でありました。やがて大暴風雨のする模様などは見えませんでした。栗林には人の声が聞えて、山雀を捕りに来たのでありましょう、鳥籠に山雀が二羽も三羽も入ってばたばたするのを下げながらもち竿を片手に持って、二三人の男の子が口笛を鳴らしながら、がさがさと落葉を踏んであちらへ行きました。またあちらの松林には茸狩の男女が、白地の手拭を被って、話し合いながらその姿が見えたり、隠れたりしています。また遥か田圃の方では、鎌の打ち振るたびにちらちらと光って、早稲を刈っている百姓の影も見えます。少女は紫色に鉄漿を染めた栗の実や赤く色づいた柿の実を筵の上に乱して、まりと一しょに何心地なく遊んでいます。
 少女の名はかねと云いました。母さんや、父さんの帰るを待っているのであります。午後の天気は、そよそよと萩や、柿の葉を鳴らす風の少しあるばかりで、日本晴れのした好い日和でありました。
 少女はもはや遊びに飽きてまりを抱いて、裏庭から細道を辿りながら、二三町も行きますと藪になっていて、土手の両方には樒の赤い実が鈴生になっている、萱の繁って、白い尾花の戦いでいるだらだら坂になりますが、そのだらだら坂を下りますと、すぐ前に青々として目の醒めそうな日本海の波は、ど、どん、どどんと足許まで、打ち寄せる浜辺に出るのであります。少女は三毛を抱いて、海辺へ来ました。でうろついてやがて猟師の沢山に住んでいる村に着きますと自分の顔を知ってる、真黒く日に焼けた男がこっちを見て笑っています。少女は殆んど毎日のようにこの辺まで遊びに来るのであります。低い、小さな破れた家が幾軒となく並んでいて前には沙の上に鰯や、鯖や、その他いろいろの小魚を乾しているのです。まりは魚臭い匂いを嗅ぎつけて、しきりに鼻をひくひくやって、にゃあにゃあと鳴きだしました。けれど少女は「まりや降りしてはいけないよ。」といって、しっかと抱き締めて、さっさと広々とした沙原の方へ切れた草履をひきずって、歩んで行きかけますと、遠くの沖の方を往来します白帆の影が見えます。
 足許まで、打ち寄せる雄波、雌波は、「かねちゃん、かねちゃん、やー。」といって転がるように笑いさざめく。真青な空! 真青な海! 白い鴎がふわふわと飛んでいる。ああ、はればれとしたお天気で気持のいいこと。かねちゃんは、涼しい眸を見張って、父さんの、今朝出て…

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