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白い門のある家
しろいもんのあるいえ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選 小川未明集 幽霊船」 ちくま文庫、筑摩書房
2008(平成20)年8月10日
初出「赤い鳥」1925(大正14)年5月号
入力者門田裕志
校正者坂本真一
公開 / 更新2016-08-13 / 2016-06-10
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 静かな、春の晩のことでありました。
 一人の男が、仕事をしていて、疲れたものですから、どこか、喫茶店へでもいって、コーヒーを飲んできたいという心が起こりました。
 男は、家の外へ出ました。往来は、あたたかな、おぼろ月夜で、なにもかもが夢を見ているようなようすで、あちらの高い塔も丘も空も森も、みんなかすんで、黒くぼんやりと浮き出して、じっとしていたのです。
 彼は、町へ出てから、はじめて、夜が、もう更けているのに気づきました。いままでへやの中で仕事に心をとられていたので、時刻のたったのがわからなかったのでした。町には、あまり人も歩いていません。また、この時分まで、店を開けている家も見当たらなかったのでした。
「もう、あの家も、起きていまい?」
 彼は、顔なじみのカフェーが、もう戸を閉めてしまわないかと思いました。その方へぶらぶらと歩いていきました。彼は、歩きながら空を仰いで、なんという、いい夜の景だと感歎いたしました。
 その町にある、彼のいこうとした、喫茶店は、もう戸を閉めてしまったのです。彼は、その家の前まできてがっかりしました。
 しかたなしに、彼は、いま歩いてきた道をふたたび帰ろうとしました。そのとき、ふいに、彼のうしろで足音が聞こえました。だれだか、歩いてくるのでした。
「こんばんは、お疲れさま。」と、うしろから呼びかけました。彼は、このとき、立ちどまって、だれだかと振り向きました。うしろから歩いてきた人を、彼は、知らなかったのであります。
「こんばんは。」と、彼も答えました。
 すると、相手の男は、さも親しそうに、彼のそばへ寄り添ってきて、
「私は、この町内に住んでいるものです。疲れたもので、コーヒーを飲もうとしてきたのですが、もう戸が閉まっています。やはり、あなたも、そのおつもりでいらしたように見えましたが、いい喫茶店をご案内いたしましょう。」といいました。
 彼は、知らぬ人から、こういわれたので、ためらいました。しかし、町内のものであるということ、また、この人は、人のよさそうであること、もう一つは、自分と同じように、この人も仕事に疲れて、休息を求めにきたということ、そんなことが、なんとなく、親しみを感じさせたので、
「じつは、私も、散歩がてら、コーヒーを飲みにいったのですが、もう戸が閉まっていましたのです。」と、彼はいいました。
「この辺の町は、あまり客がないとみえて、早く寝てしまいますね。春の晩などは、もっと起きていてくれるといいのですが。」と、相手の男は答えました。
「もう、そんなに、おそい時刻でしょうか。」
「まだ、十二時前です。」
 彼は、相手の男が、十二時といったので、もう、寝てしまうのは、あたりまえだというような気もされました。そして、家へ帰って、自分も眠ろうと考えました。
「なに、ご案内しようという店は、すぐこの裏通りですよ。ご…

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