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三階の家
さんかいのいえ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選 室生犀星集 童子」 ちくま文庫、筑摩書房
2008(平成20)年9月10日
初出「苦楽」1926(大正15)年12月号
入力者門田裕志
校正者岡村和彦
公開 / 更新2013-10-01 / 2014-09-16
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 三階の家は坂の中程にあった。向う側は古い禅寺の杉の立木が道路の上へ覆いかかり、煉瓦造りの便所の上まで枝を垂れていた。こんな坂の中途に便所がどうして建っているのか。一寸不思議な気がする、――その便所の廂へ瓦斯燈がさびしく点れていた。
 三階の一階は小間物屋を兼ねた店につづいて、造花屋があり、その隣は八百屋であった。二階は全部何時も借手がなく、雨戸は閉されがちであった。時たま、造花屋で大物の造花を拵える時に雨戸が開くくらいだった。
 三階の北側にH新聞の記者の松岡という男が住んでいたが、その隣の部屋は閉じたきりで、明いたことがない………そればかりでなく、その隣の間も雨戸が閉ったままであった。時々借手があるのだが、荷車が着いたかと思うと二三日すると直ぐに越して行った。家主はすぐ裏町の湯屋であったが、今度は日曜だけを師団の兵隊に貸すことにしていたが、それも三度ばかりで兵隊の方で来なくなったらしかった。別に何の噂もなく極めて平凡な貸家だが、誰も落着かぬらしかった。
 一階のはずれは八百屋が三辻の角になり、遊廓へ這入る口であった。造花屋は坂の上にあたるので、穴蔵が仕組れ、八百屋が使用していた。
 H新聞の松岡は一人暮しで朝おそく起きると、すぐ内職の木炭画の写真肖像を描くのだったが、職掌柄、師団の方の戦死将校の肖像を引受けていて、部屋じゅう肖像画だらけであった。北側のうすぐらい部屋の中に生白い戦死将校の引延しの肖像画が架けられて、留守中に這入った造花屋の主婦は、慌てて部屋を出た程であった。
 松岡は外出の時は必らず一枚ずつの肖像画を風呂敷に包んで出かけた。必ずフロックを着て黒の山高をかむっていた。坂を上りつめると大きな鉄橋だった。H新聞記者松岡正の人並勝れた風采は、誰が値踏みしても地方裁判所の首席判事くらいに見えた。或いはそれ以上かも知れない。かれは警察と市役所とを廻ると原稿を書いて四時頃に帰宅した。
 別に何処へ行くということもなく、社からかえると肖像画を書くくらいが仕事であった。造花屋や小間物屋の受けもよかった。食事は造花屋でこしらえていたが、晩食だけであった。夜もおそくまで画架に向っているらしく能く造花屋の主婦は、三階から小用に降りてくる松岡の足音をきいた。三階から二階へ下りてくる松岡は静かに足音をしのばせて、穴蔵のすぐ横のはばかりへ這入るのであった。主婦はそんな時には決って納戸の方から声をかけて見るのだった。
「まだ御勉強ですか?」
「そろそろ止そうかと思っているんです。何時ごろでしょうか。」
 松岡は決っと時計を持っているくせにそう言って、ことりことりと長い階段を上って行くのだった。新聞社の収入と肖像画の収入を合せると、相応な金になるらしかったが、別に遊びに出かけることもないので、相当な貯蓄があるらしいと言われていた。訪ねて来る人もなければ何日夕方から食事に出…

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