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不思議な魚
ふしぎなさかな
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選 室生犀星集 童子」 ちくま文庫、筑摩書房
2008(平成20)年9月10日
初出「キング」1926(大正15)年11月号
入力者門田裕志
校正者岡村和彦
公開 / 更新2013-09-19 / 2014-09-16
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 漁師の子息の李一は、ある秋の日の暮れに町のある都へ書物を買いに出掛けました。李一は作文と数学の本を包んで本屋を出たのは、日の暮れでもまだ明るい内だったのです。
 その時、反対の町から魚やの盤台のような板の上に、四角なガラス瓶を置いて、しきりに何か唄いながら行く男を見たのです。その男のあとを町の子供らがぞろぞろ尾いて歩いていました。
「一たい、ガラスの箱の中に何が這入っているのだろう。」
 李一は人込みの中から覗いてみると、美しい白魚のような形をした、それでいて、瞳もあり、足や手のある美しい人間のような魚であったので、なお、ふしぎそうに眺め込んでいました。わけても、その眼はきらきらとした美しい黒い色をしているのです。
 男はこう言ってガラスの箱をゆすぶって見せるのでした。
「この魚は夜になると啼くのです。あなたがたはこれが夜になると、みな水の上へ出ていろいろな唄をうたうことをお考えなすったら、どうか二つずつお求めください。銀貨一粒です。」
 男は箱の中へ手を入れて、水を掻きまぜると、白い美しい魚らは悲しそうに水の間によろよろとよろけるのです。それがいかにも可哀想に嫋やかに見えるのです。
 見物人のひとりは、
「これが十銭かい――」
 というのがいました。
「ええ十銭です。この通り美しいさかなです。これは支那では人魚ともいうそうです。ごらんなさい、この悧巧そうな眼付を見てやって下さい。」
 男はそういうと、その一疋をつまんで、手の平の上に乗せて見物人に見せて廻ると、その間じゅう白い魚は悲しそうに男の手の平の上で苦しそうに悶えていました。漁師の子息の李一は何となく憫れになり、そっと自分の財布の中をのぞくと、本の買った残りが二十銭残っていたので、それで買おうと思ったのでした。しかしよく考えるとその金で網をつくろう麻糸を買わなければならぬので、思い返して買うのを止めたのです。何故かといえば、明日の朝の早くに網を船に積んで沖の漁に出なければならなかったからでした。網は今夜のうちに繕わねばならぬのでした。父は出しなにも、
「麻糸を買うのを忘れてくれるな、明日は漁に出るのだ。」
 そう言ったのを今考え出したので、李一は残念ながら、男の手の上の魚を物ほしげに見ていました。
 手の上の魚は、夕方の明るみの中へ浮いてその手や足を一杯にひろげていて、その小ぢんまりした美しさは、絵にも見たことがなかった程でした。
「おれに一疋売ってくれ。」
 近くの錺屋の主人はそう言って、「これを何かの飾にすると儲かるのだ。このまま、これを膠で煮込むのだ。」
 そういう残酷なことを言って、指さきでつまんで、店へ這入って行ったが、男は益々大きな声で言うのであった。
「もう夜に近いから唄がきこえる。唄をききたい人があったらみんな集りなさい。お前さんがたの聴いたことのない美しい唄だ。」
 男はそういうと…

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