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三人の百姓
さんにんのひゃくしょう
作品ID53182
著者秋田 雨雀
文字遣い新字新仮名
底本 「日本児童文学名作集(下)」 岩波文庫、岩波書店
1994(平成6)年3月16日
初出「婦人公論」1920(大正9)年6月
入力者門田裕志
校正者Juki
公開 / 更新2013-01-01 / 2016-01-17
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 昔、ある北の国の山奥に一つの村がありました。その村に伊作、多助、太郎右衛門という三人の百姓がありました。三人の百姓は少しばかりの田を耕しながら、その合間に炭を焼いて三里ばかり離れた城下に売りに行くのを仕事にしておりました。
 三人の百姓の生れた村というのは、それはそれは淋しい小さな村で、秋になると、山が一面に紅葉になるので、城下の人たちが紅葉を見に来るほか、何の取柄もないような村でありました。しかし百姓たちの村に入るところに大きな河が流れて、その河には、秋になると、岩名や山魚が沢山に泳いでいました。村の人たちは、みんな楽しそうに、元気で働いていました。
 伊作、多助、太郎右衛門の三人は、ある秋の末に、いつものように背中に炭俵を三俵ずつ背負って城下へ出かけて行きました。三人が村を出た時は、まだ河の流れに朝霧がかかって、河原の石の上には霜が真白に下りていました。
「今日も、はあお天気になるべいてや。」
と伊作が橋を渡りながら、一人言のようにいうと、ほかの二人も高い声で、
「そんだ、お天気になるてや。」
と調子を合わせて、橋を渡って行きました。三人はいつものように、炭を売ってしまった後で、町の居酒屋で一杯ひっかける楽しみのほか、何の考えもなく足を早めて道を歩いて行きました。
 伊作は丈の高い一番丈夫な男だけに、峠を登る時は、二人から一町ほども先きを歩いていました。多助と太郎右衛門は、高い声で話をしながら坂を登って行きました。二人は浜へ嫁に行っていた村の娘が、亭主に死なれて帰って来たという話を、さもさも大事件のように力を入れて話していたのでした。
 峠を越すと、広い平原になって、そこから城下の方まで、十里四方の水田がひろがって、田には黄金の稲が一杯に実っていました。
「伊作の足あ、なんて早いんだべい!」
と多助は太郎右衛門に言いました。
「ああした男あ、坂の下で一服やってる頃だべい。」
と太郎右衛門は笑いながら答えました。多助と太郎右衛門が、峠を越して平原の見えるところまで来た時、坂の下の方で伊作が一生懸命に二人の方を見て、手を振っているのが、見えました。
「どうしたんだべいな? 伊作あ、己らを呼んでるてばな。」
と多助が言いました。太郎右衛門も顔をしかめて坂の下を見下しました。
「早く来い、早く来い……面白いものが落ってるぞ!」
という伊作の声がきこえて来ました。
「面白いものが落ってるよ。」
と多助は、笑いながら言うと、太郎右衛門も大きな口を開いて笑いました。
「伊作の拾うんだもの、碌なものでなかべいになあ!」
と太郎右衛門は附け足して、多助と一緒に少し急いで坂を下りて行きました。
 坂の下の方では、伊作はさも、もどかしそうに、二人の下りて来るのを待っていました。
「騙されたと思って、急ぐべし!」
と多助は、炭俵をがさがささせて、走って行きました。太郎右衛門は…

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