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はつ恋
はつこい
著者
翻訳者神西 清
文字遣い新字新仮名
底本 「はつ恋」 新潮文庫、新潮社
1952(昭和27)年12月25日、1987(昭和62)年 1月30日73刷改版
入力者松永佳代
校正者阿部哲也
公開 / 更新2011-11-05 / 2015-02-01
長さの目安約 151 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

[#ページの左右中央]


P・V・アンネンコフに捧げる


[#改丁]

 客はもうとうに散ってしまった。時計が零時半を打った。部屋の中に残ったのは、主人と、セルゲイ・ニコラーエヴィチと、ヴラジーミル・ペトローヴィチだけである。
 主人は呼鈴を鳴らして、夜食の残りを下げるように命じた。
「じゃ、そう決りましたね」と主人は、一層ふかぶかと肘掛椅子に身を沈めて、葉巻に火をつけながら言った。――「めいめい、自分の初恋の話をするのですよ。では、まずあなたから、セルゲイ・ニコラーエヴィチ」
 セルゲイ・ニコラーエヴィチというのは、まるまると肥った男で、ぽってりした金髪・色白の顔をしていたが、まず主人の顔をちらと眺めると、眼を天井の方へ上げた。
「僕には初恋というものがありませんでしたよ」と、彼はやがての果てに言った。――「いきなり第二の恋から始めたんです」
「それはまた、どうしてね?」
「しごく簡単ですよ。僕は十八の年に初めて、あるとても可愛らしいお嬢さんのあとを追い回しました。ところが、その追いまわし方というのが、こんなこと僕にはさっぱり新しくも珍しくもない、といった風だったのですよ。ちょうど、あとになっていろんな女を口説いた時と、まるっきり同じだったわけです。実を言うと、僕が最初にして最後の恋をしたのは、六つの頃で、相手は自分の乳母でしたが、――なにぶんこれは大昔のことです。二人の間にあったことの細かしい点は、僕の記憶から消えうせていますし、またよしんば覚えているにしたところで、そんなことを、誰が面白がるでしょう?」
「すると、どうしたもんですかな?」と、主人が言い出した。――「わたしの初恋にしたところで、大して面白いことはないのですからね。わたしは、現在の妻、アンナ・イヴァーノヴナと知合いになるまで、誰ひとり恋した覚えはないんですし――しかも我々のことは、万事すらすらと運んだのです。それぞれ父親から縁談をもち出されると、我々は見る見るお互いどうし好きになって、一足とびに結婚してしまったというわけ。わたしの話は、ほんの二言で済んでしまいますよ。いや皆さん、白状しますとね、わたしが初恋の問題をもち出したのは――むしろあなた方に期待していたのですよ、お二人とも、老人とは言えないけれど、さりとてお若いとも言えない独身者ですからな。どうです、あなたは何か面白い話をして下さるでしょうな、ヴラジーミル・ペトローヴィチ?」
「わたしの初恋は、全くのところ、あまり世間なみの部類には入らないものなんですが」と、やや言いよどみながらヴラジーミル・ペトローヴィチは答えた。これは四十がらみの、黒髪に白を交えた男である。
「やあ!」と、主人もセルゲイ・ニコラーエヴィチも異口同音に。――「なおさら結構……話して下さい」
「お安い御用です……が、困りましたな。話すのはやめにしましょう。わたし…

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