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私の生まれた家
わたしのうまれたいえ
作品ID53206
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆集」 岩波文庫、岩波書店
1988(昭和63)年9月16日
初出「朗」1961(昭和36)年4月1日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2013-02-08 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私の郷里は、片山津という、加賀の温泉地である。今は加賀市になって、国際観光ホテルもあり、近くに立派なゴルフ場もある。まるで昔日の面影はない。しかし私が生まれた頃は、北陸の片田舎の小さい部落であった。村ともいえないところで、本当の地名は、作見村字片山津小字砂走である。村の下の字、そのまた下の小字であるから、部落の大きさの見当はつくであろう。五十年の間に、小字から四段とびをして、市になったわけである。
 小字時代の片山津は、片側が薬師山、今一方の片側は、柴山潟という湖にはさまれた、一本道の村落であった。私の家は、呉服雑貨店をやっていて、湖側にあった。前は、一本道路に面した店舗になっていて裏庭は湖に面していた。
 家はもちろん旧式の木造で、二階は格子のはまった部屋になっていたが、下はかなり新式に改造されていた。この土地では、まあ大きい店であった。雑貨部は、広い土間にしてあって、その中に、硝子張りの陳列箱が並べてあった。いろいろな土産物だの、花かんざしなどが、この陳列箱の中に並んでいるのが、美しかった。
 呉服部は、腰高の畳敷で、普通のお客は、畳に腰かけて買い物をする。しかし反物などを買う客は、畳敷の上にあがり込む。そしていろいろな反物を、畳の上に拡げて、品定めに、一時間も二時間も坐り込んでいた。三十畳敷近くもあったと思うが、二、三人のそういう客に坐り込まれると、店いっぱいに、反物が並べられて、その間をぬって歩くのが、たいへんだった。反物を踏んで叱られるのは、毎日のことであった。
 父はハイカラ好きであって、呉服部の一部にショー・ウインドーをつくった。幅一間ちょっと、深さ四尺くらいの小さいウインドーであったが、出来たときは、非常に珍しがられて、付近の村の人が見に来たくらいであった。
 この頃でも、北海道の奥地へ行くと、こういう店屋を見ることがある。北海道の村というのは、非常に広く、中には、神奈川県よりも広い村もある。そういう村には、一場所、中心地があって、それを市街地といっている。この市街地の中に、都会のデパートの役目をしている店屋が、一つくらいは必ずある。そういう店を見ると、私はよく子供の頃を思い出す。
 住居は、裏にあって、板敷の台所で、つながっていた。この台所は、食堂も兼ねていて、広さは、二十畳敷くらいもあったであろう。真ん中に大きい食卓があり、食事のときだけ、その周囲をぐるりとかこんで、茣蓙を敷く。家族や店の人たち、それに女中を入れて、十四、五人の大家内であったが、食事のときは、一人か二人店番を残して、あと全員が、この板敷の茣蓙に坐って、一緒に食事をした。家中のものが、皆同じものを食うということを、父は自慢にしていた。もっとも、食事は、今から考えてみれば、ずいぶん粗末なものであった。店になっている主家の二階の一部に、十畳と八畳とがつづいた座敷があった。ここ…

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