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流言蜚語
りゅうげんひご
作品ID53207
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆集」 岩波文庫、岩波書店
1988(昭和63)年9月16日
初出「読売報知」1945(昭和20)年10月8日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2013-02-24 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 八月二十四日の真夜中、当分杜絶になるという最後の連絡船に乗って本州へ渡った。
 船は樺太からの引揚民で一杯であった。人々は折り重って冷い甲板上にねていた。それからそれにも増して混んでいる東北線で一昼夜揉み潰されて、やっと東京へ着いた。
 東京は全く平穏であったが、帰りの汽車は復員輸送で往きよりももっとひどく混んでいた。前後二週間近くのこの苦しい旅行で得たものは、日本全国流言蜚語の洪水だという感じである。自分で直接見たもの以外は、人の噂などは全部流言と思って差支えないという確信を得ただけでも、今度の東京行は大いに有意義だったという気がした。
 出発前にちょっと仕事の関係で北海道の田舎の或る村へ寄ったら、東京は大混乱だという噂が拡っていて、まるで死地へでも乗り込むように言われた。実際に行ってみると、東京は一番平静な街であった。帰りは技術院関係の友人が一緒に北海道へ来る用事があって、技術院の証明を持って上野へ切符を買いに行った。その人が駅から帰って来ての話では、青森で七千人溜っているからと言って、切符を売ってくれなかったということであった。私は往復切符をもっていたので、一人で先きに立って来てみたら、青森では一人の積み残しもなく、全部船に乗れた。
 流言蜚語の培養層を、無智な百姓女や労働者のような人々の間だけに求めるのは、大変な間違いである。関東大震災の時にも、今度と同じような経験をしたことがある。あの時にも不逞鮮人事件という不幸な流言があった。上野で焼け出された私たちの一家は、本郷の友人の家へ逃げた。大火が漸くおさまっても流言は絶えない。三日目かの朝、駒込の肴町の坂上へ出て見ると、道路は不安気な顔付をした人で一杯である。その間を警視庁の騎馬巡査が一人、人々を左右に散らしながら、遠くの坂下から馳け上って来た。そして坂上でちょっと馬を止めて「唯今六郷川を挟んで彼我交戦中であるが、何時あの線が破れるかもしれないから、皆さんその準備を願います」と大声で怒鳴ってまた馳けて行った。もう二十年以上も前のことであるが、あの時の状景は今でもありありと思い浮べることが出来る。勿論全く根も葉もない流言であった。
 そんな馬鹿なはずはないと思われることは、どんな確からしい筋からの話でも、流言蜚語と思って先ず間違いはない。そういう場合に「そんな馬鹿なことがあるものか」と言い切る人がないことが、一番情ないことなのである。
 八月十六日の夜中に、けたたましい電話の音で起された。「一刻を争う重大問題だそうですから、直ぐ電話にかかって下さい」と家の者が蒼い顔をしている。聞いてみると、なるほど重大問題である。小樽へソ聯兵が二万上陸したから、戦時研究関係の重要書類を直ぐ焼却しろという話なのである。もうみんな非常呼集で集っているという。前日からの疲れでぐっすり寝込んだ寐入端を起されたので、大分不機嫌で…

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