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立春の卵
りっしゅんのたまご
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆集」 岩波文庫、岩波書店
1988(昭和63)年9月16日
初出「世界」1947(昭和22)年4月1日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2013-04-08 / 2014-09-16
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 立春の時に卵が立つという話は、近来にない愉快な話であった。
 二月六日の各新聞は、写真入りで大々的にこの新発見を報道している。もちろんこれは或る意味では全紙面を割いてもいいくらいの大事件なのである。
 昔から「コロンブスの卵」という諺があるくらいで、世界的の問題であったのが、この日に解決されたわけである。というよりも、立春の時刻に卵が立つというのがもし本統ならば、地球の廻転か何かに今まで知られなかった特異の現象が隠されているのか、あるいは何か卵のもつ生命に秘められた神秘的な力によるということになるであろう。それで人類文化史上の一懸案がこれで解決されたというよりも、現代科学に挑戦する一新奇現象が、突如として原子力時代の人類の眼の前に現出してきたことになる。
 ところで、事実そういう現象が実在することが立証されたのである。『朝日新聞』は、中央気象台の予報室で、新鋭な科学者たちが大勢集って、この実験をしている写真をのせている。七つの卵が滑らかな木の机の上にちゃんと立っている写真である。『毎日新聞』では、日比谷の或るビルで、タイピスト嬢が、タイプライター台の上に、十個の卵を立てている写真をのせている。札幌の新聞にも、裏返しにしたお盆の上に、五つの卵が立っている写真が出ていた。これではこの現象自身は、どうしても否定することは出来ない。
 もっともこの現象は、こういう写真を見せられなくても、簡単に嘘だろうとは片付けられない問題である。というのは、上海ではこの話が今年の立春の二、三日前から、大問題になり、今年の立春の機を逸せずこの実験をしてみようと、われもわれもと卵を買い集めたために、一個五十元の卵が一躍六百元にはね上ったそうである。それくらい世の中を騒がした問題であるから、まんざら根も葉もない話でないことは確かである。
『朝日新聞』の記事によると、この立春に卵が立つ話は、中国の現紐育総領事張平群氏が、支那の古書『天※[#「賢」の「貝」に代えて「且」、345-10]』と『秘密の万華鏡』という本から発見したものだそうである。そして、国民党宣伝部の魏氏が一九四五年即ち一昨年の立春に、重慶でUP特派員ランドル記者の面前で、二ダースの卵をわけなく立てて見せたのである。丁度硫黄島危しと国内騒然たる時のこととて、日本では卵が立つか立たないかどころの騒ぎでなかったことはもちろんである。さすがにアメリカでも伯林攻撃を眼前にして、この話はそうセンセーションを起すまでには到らなかったらしい。
 ところが今年の立春には、丁度その魏氏が宣伝部の上海駐在員として在住、ランドル記者も上海にいるので、再びこの実験をやることになった。
ラジオ会社の実況放送、各新聞社の記者、カメラマンのいならぶ前で、三日の深夜に実験が行われた。実験は大成功、ランドル記者が昨夜UP支局の床に立てた卵は、四日の朝になっても…

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