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日本のこころ
にほんのこころ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆集」 岩波文庫、岩波書店
1988(昭和63)年9月16日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2013-02-24 / 2014-09-16
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 もう二十年くらいも昔の話であるが、大学を出てすぐの頃、私は理化学研究所(現在の科学研究所)へはいった。そして寺田先生の助手として、三年間先生の実験室で働いた。
 その頃の理化学研究所、というよりも理研といった方が通りがよいのであるが、その理研には、大学を出たての若い仲間がたくさんいた。同期の藤岡(由夫)君や、一年あとの菊池(正士)君、それに相対性理論でアインシュタインに大いに盾をついた土井(不曇)さんなど、元気のよい連中が十人近くも集って、毎週木曜日の晩に雑誌会をやって、皆が大いに気焔をあげていたものである。
 丁度現在の量子物理学が生まれつつあった時代で、電子の波動性というとんでもないことを提唱したドゥ・ブロイの最初の論文を、たしか芝(亀吉)さんだったかが初めて読んだのも、この雑誌会であった。さすがに錚々たる御連中も、この論文にはいささか度胆を抜かれたようであった。何が何だか分らなくて、まるで夢のようなことをいってるということにして、片づけてしまった。
 しかし引きつづいて、独逸でボルンやシュレーディンガーの論文が出て、波動方程式という名前も皆が知るようになった。英国では、ディラックの論文がいくつも引きつづいて、王立学会記事に出た。これはたしか藤岡君が主になって紹介したような気がする。どの論文もよく分らなかったが、何となく物理学の新しい黎明が近づきつつあるという気がして、皆が夢中になって、夜おそくまで討議をしたものであった。電子に波動性があるというまるで夢のような話が、その後二十年ばかりの間に、原子爆弾にまで発展したのである。正に今昔の感にたえないものがある。
 この時代は、日本の国力が、正に最盛期に達しようとしていた時代であった。学問の方も、急速に世界の水準に迫りつつあった。そして欧羅巴からも、若い研究者がぼつぼつ理研へやって来ていた。そのうちでオランダから来たディーケ博士が、私たちの仲間にはいって、木曜日の晩の雑誌会にも顔を出すようになった。
 ディーケは分光学専攻なので、高嶺研究室で仕事をしていた。それで同じ研究室の藤岡君とは、特に親しくしていた。理研生活は二年くらいであったかと思うが、一旦オランダへ帰り、間もなくアメリカへ渡った。そして現在はジョンス・ホプキンス大学で、物理の主任教授かその次ぎかの位置にいる。
 ディーケは非常に日本が好きであった。来るとすぐ日本語の勉強を始め、私たちの雑誌会に出ても、もちろん日本語でやっていたわけであるが、とにかく熱心に聞いていた。もっとも理論物理学の話は、数式がたくさんはいるので、日本語が分らなくても、大体のところはつかめる。それにしても、来朝早々こんな会のメムバーになって、夜おそくまで皆が勝手な気焔をあげる仲間になっていたのであるから、かなり変っている。
 半年くらいのうちに、日常の用事は、だいたい日本語で片…

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