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粉雪
こなゆき
作品ID53226
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆51 雪」 作品社
1987(昭和62)年1月25日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2013-01-09 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 われわれが日常ちゃんと決まった意味があるように思って使っている言葉の中には、科学的にはその意味が極めて漠然としたものがかなり沢山ある。この数年来雪の研究を始めてみて気が付いたのであるが、その種の言葉の良い例が「粉雪」である。
 北海道では、冬の初めと終わり頃には牡丹雪も降るが、真冬の間は殆ど粉雪ばかりであるというような事がよくいわれる。この場合の粉雪というのは牡丹雪に対する言葉であって、それは雪片の状態の名称とまず見るべきであろう。雪の結晶の中には普通よく写真に撮られているような六花状のものの外にいろいろ変わった形のもの、角柱状のものなど、非常に沢山の種類がある。
 これらの結晶が出来る場所の高度はいろいろな意味で重大な問題であるが、まだ充分によくはわかっていない。しかし少なくとも二、三千メートルぐらいのものであろう。これらの結晶はかなり落下速度の遅いものであって、六花樹枝状の結晶ならば一千メートルを落下するのに約一時間はかかる。それで高層で出来たこれらの結晶が落下して来る間に互いに衝突してくっつき合って、地上に来る時には数百ないし数千個集まったいわゆる雪片となって降って来るのである。これが普通は牡丹雪となる。風が無くて気温が高く雪の結晶が零度に近い温度にあると、触れ合った時容易く付着するので雪片は大きくなるというふうに普通いわれている。しかし氷片が二つ触れ合った時にくっついてしまうという現象はかなり面倒な問題であって、その研究はあまり無いようである。ファラデーがその指示実験をして見せたという話が、チンダルの『アルプスの氷河』の中にある。こんなつまらぬと思われるような仕事が案外やられていないものである。
 それはとにかくとして、気温の高い地方での降雪が大形の牡丹雪になることは事実であって、土佐などでは稀に雪が降るのであるが、その時は径十センチ以上の牡丹雪となって降るという話を聞いたことがある。もっとも横浜での例で径十五センチくらいの雪片が降ったこともあるという記録もある。風が無くてあまり寒くない日、小さい団扇くらいの雪片がひらひらと降って来る景色はよほどのどかで楽しい眺めであろうと思われる。
 北海道の真冬の降雪はそれと反対に、極めて引き締まった感じの日が多い。風の無い夕方から小形の牡丹雪が降り始める日など、遠くの山も人家も薄鼠色に消えて行くのを背景に、真っ白く音も無く積もって行く。そのうちに一陣の風が来ると急に雪の形が変わって、今度は極めて細かい個々の結晶が、硼酸の結晶をまくように降って来る。何だか耳を澄ますと空でさらさらという音を立てているような感じである。こんな時の降雪の状態は粉雪ということになっているのであるが、この意味での粉雪は雪の結晶が個々の状態で降るというだけであって、その結晶形は六花樹枝状のものでも、角柱その他の形のものでもかまわないのであ…

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