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原子爆弾雑話
げんしばくだんざつわ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆集」 岩波文庫、岩波書店
1988(昭和63)年9月16日
初出「文藝春秋」1945(昭和20)年10月1日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2013-03-02 / 2014-09-16
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 昭和十二年の七月、北支の蘆溝橋に起った一事件は、その後政府の不拡大方針にもかかわらず、目に見えない大きい歴史の力にひきずられて、漸次中支に波及して行った。そして、十月に上海が陥ち、日本軍が首都南京に迫るに到って、漸く世界動乱の萌しが見えて来た。
 丁度その頃、私は「弓と鉄砲」という短文を書いたことがある。切抜帖を開いてみると、それは十二年十一月の『東京朝日』に書いたものである。

 弓と鉄砲との戦争では鉄砲が勝つであろう。ところで現代の火器を丁度鉄砲に対する弓くらいの価値に貶してしまうような次の時代の兵器が想像出来るであろうか。
 火薬は化合しやすい数種の薬品の混合で、その勢力は分子の結合の際出て来るものである。その進歩が行き詰って爆薬の出現となったものであるが、爆薬の方は不安定な化合物の爆発的分解によるもので、勢力の源を分子内に求めている。勿論爆薬の方が火薬よりもずっと猛威を逞うする。この順序で行けば、次にこれらと比較にならぬくらいの恐ろしい勢力の源は、原子内に求めることになるであろう。
 原子の蔵する勢力は殆んど全部原子核の中にあって、最近の物理学は原子核崩壊の研究にその主流が向いている。原子核内の勢力が兵器に利用される日が来ない方が人類のためには望ましいのであるが、もし或る一国でそれが実現されたら、それこそ弓と鉄砲どころの騒ぎではなくなるであろう。
 そういう意味で、現代物理学の最尖端を行く原子論方面の研究は、国防に関聯ある研究所でも一応の関心を持っていて良いであろう。しかしこの研究には捨て金が大分要ることは知って置く必要がある。剣橋のキャベンディシュ研究所だけでも、六十人ばかりの一流の物理学者が、過去十年間の精神力と経済力とを捨て石として注ぎ込んで、漸く曙光を得たのであるということくらいは覚悟しておく必要がある。

 この短文を書いた頃は、今回の原子爆弾の原理であるウラニウムの核分裂などは勿論知られていなかったし、キャベンディシュの連中を主流とした永年にわたる研究も、漸く原子核の人工崩壊の可能性を実験的に確めたという程度であった。しかし現代の方向に発展して来た科学の歴史をふり返ってみると、順序としては次の時代の勢力の源は原子の内部、即ち原子核の中に求めることになると想像するのが一番自然な考え方のように私には思われた。
 分子と分子との結合による火薬、分子の破壊による爆薬、分子の構成要素である原子の崩壊による「原子爆弾」と並べてみて、その順序をつけるのは、勿論人間の頭の中でのことである。ところが本当にその順序の通りが実現するところに、自然科学の恐ろしさがあるのである。
 この短文を書いた頃の二、三年前、私は二、三の国防関係の要路の人に会った時に、こういう意味のことを話したことがある。勿論我国でもこの時代に既に理研の仁科博士の下や、阪大の菊池教授の所で…

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