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貝鍋の歌
かいなべのうた
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆集」 岩波文庫、岩波書店
1988(昭和63)年9月16日
初出「文藝春秋」1961(昭和36)年4月1日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2013-03-10 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 北海に愚魚あり
その名をほっけという
肉は白きこと雪片を欺き
 味はうすきこと太虚に似たり
一片の三石の昆布
一滴のうすくちの醤油
真白なる豆腐に
わずかなる緑を加う
 くつくつと貝鍋は煮え
夜は更けて味いよいよ新たなり

 まだ子供たちが幼かった頃、うまくだまして、早く寝つかせた夜は、奥の六畳の長火鉢で、よく貝鍋をつついた。
 住みついてみると、北海道の冬は、夏よりもずっと風情がある。風がなくて雪の降る夜は、深閑として、物音もない。外は、どこもみな水鳥のうぶ毛のような新雪に、おおいつくされている。比重でいえば、百分の一くらい、空気ばかりといってもいいくらいの軽い雪である。どんな物音も、こういう雪のしとねに一度ふれると、すっぽりと吸われてしまう。耳をすませば、わずかに聞こえるものは、大空にさらさらとふれ合う雪の音くらいである。
 こんな夜は、長火鉢に貝鍋をかけ、銅壺に酒をあたためて、静かで長い夕食をとる。貝鍋の魚には、いろいろためしてみたが、けっきょく一番安くて、一番味のない、ほっけに落ちついた。
 これは磯魚であって、鱈の子供が、親にはぐれて、陋巷にすみついたような魚である。北海道の日本海沿岸では、どこでも、いくらでもとれる愚魚である。太平洋岸でもとれるのかもしれないが、それはどうでもよい。
 近海で多量にとれる魚であるから、少し気をつけていると、水から揚がったばかりのようなあたらしいのが、市場の魚屋などにもよく出ているらしい。細君は、みつかり次第買ってくるようであった。どんな愚魚でも、あたらしい魚はうまい。貝鍋に昆布を一枚しき、このほっけの切身と豆腐を入れ、せりか三つ葉の青味を少し加えて、湯でくつくつと煮る。味つけは、うすくちの醤油を数滴たらすだけ。
 初めのうちは、淡泊というよりも、味もそっけもないといってもいいくらいの味である。この味のない肴をはさみながら、ゆっくりと酒をのむ。汁はまもなく煮つまってくる。銅壺の湯をたびたびさし、ときどき醤油をたらし込みながら、煮ていると、次第に味が出てくる。
 その頃になると、酒も適当にまわり、その味がよくわかるようになる。それはまことに不思議にも微妙な味で、相当味が濃くなってきても、少しもしつこくはならない。二時間くらいも食べつづけていて、いつまでも味の新鮮さを失わない鍋ものは、他にちょっと思い当らない。酔い心地も、まず申し分がない。
 毎度のことで、われながら少し気もひけるが、細君に筆と紙の用意をさせ、貝鍋を中心に、雑然たる食卓の風景を、墨絵に描く。そして口から出まかせの賛をする。初めにあげた、詩とも、だじゃれともつかぬ妙な文句は、こういうときに書きそえた賛の一例である。
 家族が東京へ移ってからは、北海道の貝鍋とは、縁が切れた形である。東京でも、まれには、貝鍋をするが、どうも中身が上等すぎるうらみがある。しか…

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