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生きている看板
いきているかんばん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 5」 講談社
1977(昭和52)年3月10日
初出「早稲田文学」1927(昭和2)年11月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者江村秀之
公開 / 更新2014-01-31 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 町から、村へつづいている往来の片側に、一軒の小さなペンキ屋がありました。主人というのは、三十二、三の男であったが、毎日なにもせずに、ぶらぶらと日を送っていました。このあたりの商店は、一度、かけた看板は汚れて、よくわからなくなるまで、懸けておくのが例であって、めったに、新しくするということはなく、また、新しい店が、そうたくさんできて、看板を頼みにくるということもなかったのです。
「そんなことで、商売になりますかな。」といって、ペンキ屋のことを近所でうわさするものもありました。
 それも、そのはずであって、いくら、地方の小さな町といっても、工場では、機械が運転をして、人々はせっせと働いていたし、またほかの商店では、一銭二銭と争って、生活のためには、血眼になっていたからでした。
 ペンキ屋の主人の兵蔵は、ぶらぶらとして、自分の家の戸口を出たり、はいったりしていました。そして、ぼんやりとするときは、町の方をながめ、あるときは、村の方をながめて空想していました。
 彼が、どんなことを頭の中に思っているか知った人はありません。ただ、彼が、こうして、いるうちに、彼を除いて世の中は、せっせと駆け足をしていたのであります。
 ある男は、一日のうちに、五円ばかりもうけました。ある男はこの一週間の中に、東京から、大阪の方までまわってきました。また町へ、旅から役者がきて芝居を打って去れば、その間には質屋の隠居が死に、指物屋の娘は嫁にいったのであります。けれど、ペンキ屋の主人の生活には、変わりがありませんでした。
「兵さん、このごろは、どうですい。」と、聞くものがいると、兵蔵は、にやりと笑って、
「あいかわらず、暇です。」と答えました。
 女房は、質屋へ持ってゆく品物もつきて、子供のものまで持ってゆきました。
「なにか、ほかの商売をすればいいのに、ああ遊んでいては、困るのもあたりまえだ……。」と、近所のものは、見るに見かねて、ささやき合ったのです。
 しかし、兵蔵は、あいかわらず、のんきそうに暮らしていました。ある日のこと、女房は、辛棒がしきれなくなったというふうで、「なにをそうぶらぶらして、毎日、考えているんですね。私たちは明日食べるお米がないじゃありませんか。」と、いいました。
「好きで遊んでいるんじゃない。仕事がないのだもの、しかたがない。」
 彼は、こういって、ぶらぶらしていました。そして、日に、幾度ということなく、戸口を出たり、はいったりしていました。
 ある日のこと、町の菓子屋から使いがきて、店の看板を塗り換えるから、ひとつ趣向を凝らして、いいものを描いてくれと頼まれたのです。
 その菓子屋というのは、町での老舗でありましたから、女房は喜んで、
「おまえさん、いいものを描いて、評判をとってくださいね。そうすれば、また、ほかの家でも頼みますから……。」と、いいました。
 …

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