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風と木 からすときつね
かぜとき からすときつね
作品ID53459
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 5」 講談社
1977(昭和52)年3月10日
初出「赤い鳥」1927(昭和2)年4月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者雪森
公開 / 更新2013-06-08 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

風と木
 広い野原は、雪におおわれていました。無情な風が、わが世顔に、朝から夜まで、野原の上を吹きつづけています。その寒い風にさまたげられて、木の枝は、すこしもじっとしておちついていることができません。しきりに振り起こされては、氷のような空気の中に無理やりに躍らなければなりませんでした。
「もし、もし、北風さん、そう私をいじめるものではありません。私は、いま、春になる前の用意をしているのです。あなたが、この野原をひとりよがりに駈けまわっていなさるのも、わずかな間です。北の遠い地平線のあちらへ、あなたは、やがて帰っていく身ではありませんか。そう、私をいじめるものではありませんよ。」と、木の枝は、風に向かって叫んだのです。
 北風は、これを聞くと、からからと笑いました。
「春になれば、私は、それは北の遠くへ帰ってしまうのさ。そして、こんどは、南からやさしい風が吹いてきて、おまえさんたちの頭を軽く、しんせつになでてくれるよ。けれど、あちらの池にきている雁が頼んで、いうのには、どうかもうすこし、元気よく吹いていてくれ、あんなほおじろとか、うぐいすとかいうような、人間のおもちゃにされるような、女々しい、虚栄心の強い小鳥どもが、いばり出すのは、しゃくだというのだ……。」と、北風は、木の枝に答えたのでした。
 木の枝は、北風が力んだので、二、三べんも、細い身を揺すらなければならなかった。
 広い野原の上には、雲切れがして、青い鏡のような空が見えていました。木の枝は、それを見ると、無上になつかしかったのです。春になれば、毎日のように、ああした空が見られると思ったからです。そして、かわいらしい小鳥どもが、自分を慕ってやってくる。中にも愛嬌もののうぐいすは、どこからか、すばしこそうな、あめ色の翼を、朝の日に輝かせて、早くから飛んできて、
「おかげさまで、春がきました。あなたのいい香いは、野原の上をいっぱいに漂っています。ごらんなさい。空の太陽までが、うっとりとしてあなたに見とれているではありませんか。なんという、あなたはいい香いのする花でしょう。もしあなたが、この野原に咲かなかったら、この広い野原は、どんなにさびしいでしょうか。私ばかりでありません。ほかの小鳥たちも、この野原には、影をひそめて、いつまでもここは、冬のままの景色でいるにちがいないのです……。」
 木の枝は、こういったうぐいすの言葉を思い出して、
「なに、私は、寒くたって、かまわないけれど、小さな鳥たちが冬に飽きています。私が、花を咲かせないうちは、こまどりも、うぐいすも、おしのように、どこかのやぶの中にすくんでいなければなりません。それを思うと、早く、花を咲きたいばかりに、ついあなたにも訴えたわけでした。」と、木の枝は、風に向かっていいました。
 すると、北風は、さげすむように、ふたたびからからと笑いました。
「…

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