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砂漠の町とサフラン酒
さばくのまちとサフランしゅ
作品ID53464
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 5」 講談社
1977(昭和52)年3月10日
初出「童話」1925(大正14)年6月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者江村秀之
公開 / 更新2014-03-11 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 むかし、美しい女が、さらわれて、遠い砂漠のあちらの町へ、つれられていきました。疲れているような、また、眠いように見える砂漠は、かぎりなく、うねうねと灰色の波を描いて、はてしもなくつづいていました。
 幾日となく、旅をすると、はじめて、青い山影を望むことができたのであります。
 そのふもとに、小さな町がありました。女は、そこへ売られたのです。女自身をのぞいて、だれも、彼女のふるさとを知るものはありません。また、だれも、彼女の行方を悟るものとてなかったのであります。
 彼女は、ここで、その一生を送りました。サフラン酒を、この町の工場で造っていました。彼女は、その酒を造るてつだいをさせられていたのでした。
 月が窓を明るく照らした晩に、サフランの紅い花びらが、風にそよぐ夕方、また、白いばらの花がかおる宵など、女は、どんなに子供のころ、自分の村で遊んだことや、父母の面影や、自分の家の中のようすなどを思い出して、悲しく、なつかしく思ったでありましょう。
 いくら思っても、考えても、かいないものならば、忘れようとつとめました。彼女は、生まれたふるさとのことを、永久に思うまいとしました。また、育てられた家のことや、村の光景などを考えまいとしました。
 美しく、みずみずしかった女は、いつとなく、堅い果物のように黙って、うなだれているようになりました。人がなにをきいても、知らぬといいました。
「この女は、つんぼではないだろうか?」
「あの女は、きっとおしにちがいない……。」
 そばの人々は、皮肉にも、彼女をそんなようにいいました。
 彼女は、まだそれほどに、年をとらないのに、病気になりました。そして、日に、日に、衰えていきました。
「どうせ、わたしは、家に帰られないのだから……死んでしまったほうが、かえって幸福であろう。」と、彼女は思いました。
 しかし、彼女は、なにも口にはいわなかったものの、胸の中は、うらみで、いっぱいでありました。どうかして、このうらみをはらしたいと思いました。
 彼女は、小指を切りました。そして、赤い血を、サフラン酒のびんの中に滴らしました。ちょうど、窓の外は、いい月夜でありました。びんの中では、サフランの酒が醸されて、プツ、プツとささやかに、泡を吹く音がきこえていました。サフランの酒の色は、女の血で、いっそう、美しく、紅く色づきました。
 女は、それから、まもなく死んでしまったのです。彼女の体は、異郷の土の中に葬られてしまいましたが、その年のサフラン酒は、いままでになかったほど、いい味で、そして、美しい紅みを帯びていました。
 いい酒ができたときは、その酒を種子として造ると、いつまでも、その酒のようにできると、いい伝えられています。この町の人は、その酒の種子を絶やしてはならないといって、珍しく、いい色に、いい味に、できた酒をびんにいれて、地の下の穴…

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