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蜜のあわれ
みつのあわれ
作品ID53503
著者室生 犀星
文字遣い新字新仮名
底本 「蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ」 講談社文芸文庫、講談社
1993(平成5)年5月10日
初出「新潮」1959(昭和34)年1月~4月
入力者日根敏晶
校正者江村秀之
公開 / 更新2017-06-25 / 2019-12-12
長さの目安約 157 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一、あたいは殺されない

「おじさま、お早うございます。」
「あ、お早う、好いご機嫌らしいね。」
「こんなよいお天気なのに、誰だって機嫌好くしていなきゃ悪いわ、おじさまも、さばさばしたお顔でいらっしゃる。」
「こんなに朝早くやって来て、またおねだりかね。どうも、あやしいな。」
「ううん、いや、ちがう。」
「じゃ何だ。言ってご覧。」
「あのね、このあいだね。あの、」
「うん。」
「このあいだね、小説の雑誌巻頭にあたいの絵をおかきになったでしょう。」
「あ、画いたよ、一疋いる金魚の絵をかいた。それがどうしたの。」
「あれね、とてもお上手だったわ、眼なんかぴちぴちしていて、とてもね。本物にそっくりだったわ。」
「頼まれて生れてはじめて絵というものを画いて見たんだよ。本当は絵だか何だか判らないがね。」
「あたいにも、そのうち一枚画いていただきたいわ。」
「絵は画こうとしたって却々、画けるものではないよ。君から見ると似ているかどうかね。」
「よく似ていたわ、それでね、あれから後に、一週間程してから、雑誌社からお礼のお金が書留で着いたでしょう。」
「これも生れてはじめて画料というものを貰ったのだが、それがどうかしたかね。」
「どれだけいただきになったの。」
「文章が一枚半ついていてね、合わせて一万円貰った。」
「おじさまはそれをわたくしにね、正直に仰有らなかったわね。幾ら来たってこともね。」
「金魚にお金の話をしたって、どうにもならないじゃないの。」
「だって、あれ、ほんとうは、あたいのお金じゃないこと、あたいをお画きになったんだもん、あたいにくださるとばかり、そうおもっていたわ。」
「何だか僕もそんな気がしないでも、なかったんだけど、」
「でね、おじさま、それについてね。」
「あ、」
「もうお金、だいぶ、おつかいになった?」
「半分つかったけれど、まだある。」
「何に半分、おつかいになったの。」
「千五百円の玉露を百目買ったし、雉子羽根のはたきを一本と、赤玉チーズを一個買った、……」
「あたいには、とうとう、何も買ってくださらなかったわね。」
「君なんかのことは、まるで、わすれていた。」
「おじさまはずるいわね。あれ、本当をいえばあたいのお金じゃないの。」
「そういうことになるかね。きみを見て画いただけで、それがきみのお金になるものかな。」
「あたい、いつ下さるかと、窓の方を毎日のぞいていたのよ、で、ね、あと半分のお金、いただきたいわ。」
「一たいきみは何を買うつもりなの、」
「お友達の金魚をたくさん買ってほしいのよ。」
「あ、そうか、遊び友達がいるんだね、それは気がつかなかった。」
「それから金魚餌という箱入の餌がほしいわ、かがみのついている、美しい箱なのよ。」
「かがみっていうのは錫の紙の事だろう、あれはかがみになりますかね。」
「水にぬれるとぴかぴかして、かがみ…

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