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懸巣
かけす
作品ID53511
著者室生 犀星
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆2 鳥」 作品社
1983(昭和58)年4月25日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2013-01-18 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 何時か懸巣のことを本紙で書いたことがあるが、その後の彼女の真似声は一層種々につかい分けをして、殆ど、かぞえ切れないくらいである。懸巣から見ると人間の声ほど珍しいものがないらしい、大きな人間を毎日籠の中にいて見ていると、とても変化があって面白いらしい。たとえば私のくせである二つ続いた咳をごほんごほんと遣るのを聞いていて、その二つ続きの咳の真似をするのである。咳というものが余程面白いらしいのである。あはははという笑い声を何時の間にか覚えていて、あははは、……と笑う。私と客と話をしていると直ぐ話し声を真似して非常に低い声でぶつぶつ囁いている。囁きながら自分でも苦心するらしく、遣り直し遣り直し遣っている。隣の寺の森に去年から急に鴉がやって来て、一番高い樹の上でああお・ああおと鳴くのを聞いていて、すぐ、それを模倣して了った。喉の嗄れたところまで、うまく、取入れているのである。鶯の声などはそっくり鶯の啼き声である。
 今年の冬のあいだ近隣の猫が遣って来て夜中によく鳴いたが、夜中でもちゃんと聞いているのであろう、間もなく美事ににゃあん、にゃあんと鳴くようになった。これは傑作の方で本物の猫の声よりも美しかった。これには全く私も舌を巻いて了った。
「お宅の猫ですか。」
 庭木に吊るした籠の中の声を聞いて、客はふしぎそうに問ねるのである。そして本物の猫も不思議そうに籠を見上げるくらいである。
 犬の遠吼えはやや不鮮明であるが、これも夜中に聞いているらしく真似ていた。私が巫山戯てかけかけと彼女を呼んでいたが、何時の間にかかけかけと啼くようになった。そのほか、得体の分らぬ鳴き声をするが、一つは娘の弾くピアノの真似らしく一つはラジオの音楽の真似らしい。お昼の時に私はパンと林檎をかじりながらニュースを聞いているそばで、彼女も林檎をふくんでラジオを聞いているが、すこし首をかしげて不思議極まる顔附で聞き入りながら、自分でも耐えられずに何か糶り合うように啼き出すのである。彼女の耳は蓋のない四号活字くらいある穴があいていて、羽毛が冠っているから水を浴させる時の外は見られない。
 どういう真似声をする時にも、彼女は猛鳥特有の地声であるところのぎゃあ・ぎゃあという合の手を入れて啼く、真似声だけでは淋しく物足りないらしく、合の手を入れて拍子を取るのである。
 よく啼く日は音のある雨の日が多い、雨が、大降りになるほどよく啼く、かけちゃんと呼べばかけちゃんと答え、むろうさんと言えばむろうさんと啼く、かけ! かけ! と叫べばかけ! かけ! と怒ったように啼く、何んじゃそれはと言えば、なんじゃ・なんじゃと答える。口笛でぴりぴりと書斎から呼ぶとぴりぴりと答える。まるで私は終日机のところで懸巣と懸合いをしているようなものである。けれども不思議なことには人の顔を見せると、真似声をしない、お互に声だけをかけ合って…

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