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餅の歌
もちのうた
作品ID53530
副題――全農の林延造氏に――
――ぜんのうのはやしえんぞうしに――
著者槙村 浩
文字遣い新字新仮名
底本 「槇村浩詩集」 平和資料館・草の家、飛鳥出版室
2003(平成15)年3月15日
入力者坂本真一
校正者雪森
公開 / 更新2014-10-07 / 2015-03-14
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

餅とは
何と
鋤き返された幼い南の郊外の野の思い出のように
甘いものだろう!
高岡の
ひとりぼっちの
叩き廻っても後の沼地一ぱいがらんどうな響きしかはね返してこぬ
豚箱の中で
僕はしみじみと生のうどんの皮をひっぺかしながら
そう思った
それは
青い蚊帖が雨上りの甘酸っぱい臭いをたてながら
差入れの風鈴と一しよにゆさ/\揺れていた時だった!

背の低い
長髪の
いつも怒ったような顔をした
それでいて人なつこい
三十を越えたばかりの生粋の民農出の労働者
日本化学労働組合員、全国会議全農高知県聯の草分け
(激励と共に、これは彼から来た)
―――同志、林延造君!
彼は
争議が不利になり
引きぬかれた百舌の巣のように
組織がめちゃ/\にふみあらされた時も
沮喪せぬ組合常任であることができ
嵐と、土砂ぶりの天候の下で
まつかさのように散らばった部落々々の貧農の
信頼された相談相手であることができ
不当逮捕監禁×(1)問と弾圧下のデモのまっただなかで
傷だらけの額を硬ばらせながら
ひきさかれた服とむしられた頭髪の間から
昂然と
地主に逆襲する土地と××(2)歌の
乱唱の音頭をとり
生活が
どんなに重く彼の上にのしかゝろうと
常に愉快なピオニールの餅屋であることができた
ピオニールが彼の餅屋を愛する以上に
彼は少年らのはつらつさと、彼等の伸びようとする意力と文化とを愛した
風のように
彼はもうちょっとばかし大きいピオニールたちの
豚箱から豚箱に現われた
にっこりと手をあげる間もなく………!
僕はうなづきうなづき―――投げこまれた餅の袋の
一きれ一きれを
ごっくりごっくり咽を鳴らしながら飲みこんだ
―――餅とはめったにこんなにうまいものではないのだ!

しつような土地取上げと
さんたんたる小作争議とが
出来たばかりの組合の仕事にせわしい同志林を
豚箱の昔の部屋えひんぱんに追いこんだとき
重い鳶色の鉄扉が
外の同志と共に
ぶつぎれにどこからともなく元気なたよりを吹き送ってくる餅屋のおやぢを
僕と幾重にも仕切ったとき――
この国に
ひとりの
赤ん坊が
生れた!
満州製の罐詰の底で寒そうに鳴る息子らの骨と
かけがえのない娘たちの肉にまでかえて料った
赤土まじりの草と、きびとひえの飯まで食わされる百姓と
最大の安全をもつ黒字資本をおろした、吹きっさらしの
監獄部屋のある
このツアー国家に
顔中
うみ汁と
吹き出ものだらけの
赤ん坊が生まれた!

これが
資本家どもの
政変と陰謀的祝賀と
僕らの次の餅のエピソードとの
起源となったのだ―――
八人に一人づゝ
囚人労働の短縮を申しわたされ
「祝」と書いた餅が僕らに二つづゝ配られた
裾綿のちぎれた赤い筒袖を羽織りながら、みんなはツアーの「恩典」を話し合った
―――八ヶ月………受けるか?
と看守が粉まみれの餅を穴のあいた手套の上え転がしながら…

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