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天満宮
てんまんぐう
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「現代日本文學全集 53 齋藤緑雨 内田魯庵 木下尚江 上司小劍集」 筑摩書房
1957(昭和32)年10月8日
初出「中央公論」1914(大正3)年9月
入力者いとうたかし
校正者小林繁雄
公開 / 更新2012-07-19 / 2014-09-16
長さの目安約 78 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 府立病院の二等室は、其の頃疊が敷いてあつた。竹丸の母は其の二等室に入つてから、もう四ヶ月の餘にもなる。一度竹丸をよこして呉れと、度々父への便りに言つて來たけれど、父は取り合ひもしなかつた。
 千代松といふ子供のやうな名を有つて居る人があつた。四十二の厄年が七年前に濟んだ未の八白で、「あんたのお父つあんと同い年や」と言つてゐるが、父に聞くと、「やいや、乃公は亥の四緑で、千代さんより四つ下や」と首を振つてゐた。けれども竹丸の眼には却つて父の方が老人に見えた。竹丸は今年十二で、二十歳ぐらゐの人はもう年寄のやうに思つてゐた。
 千代松といふ人は頭髮を丁髷に結つてゐた。幾ら其の頃でも、村中で丁髷はただこの千代松の頭の上に見らるゝだけであつた。年に比べて髷が大きいといふことで、人々はよく千代松の髷のことを「××の金槌」と呼んでゐた。
 其の千代松のところへ病院の母から、是非竹丸を連れて來て呉れといふ手紙があつたさうで、千代松は其の手紙を懷中にして竹丸の家へ來た。
 竹丸の家は、天滿宮の別當筋で、別當は僧體であつたから、血脈は續いてゐないが、第四十五世別當尊祐の代になつて、國の政治に改革が起り、封建が廢れたので、別當の名で支配してゐた天滿宮の領地二ヶ村半、五百石を上地し、別當は還俗して神主になり、名も前田道臣と改め、髮の伸びるまでを附髷にして、細身の大小を差し、頻りに女を買つて歩きなぞした。それが竹丸の父である。
「あんたの阿母の來やはつた時は、えらいこツちやツた。七荷の荷でなア。……今でも納戸におまツしやろ、あの箪笥や長持は皆阿母が持つて來やはつたんや。あの長押に掛けたある薙刀も。……嫁入りの荷の來る時、玄關で薙刀を受け取るのが難かしいいうて、わたへや忠兵衞はんが竹竿で稽古したもんや。」
 丁ど道臣が朝の日供に拜殿へ出てゐたので、千代松は竹丸を相手にして、社務所を兼ねた家の勝手口でこんなことを喋舌つてゐた。
「あんた、まア一つおあがりやす。直ツきに戻つて來やはりますさかい。」
 女中のお駒が、かう言つて番茶を汲んで出した。煙草を吸はぬ千代松は、手持無沙汰で丁髷の鬢を撫でたり、出もせぬ咳をしたりしてゐたが、
「相變らず別嬪やなア、お前幾つや。」と、竹丸を棄ててお駒の方へ向き直つた。お駒はただ笑つてゐたけれど、
「ほんまに幾つや。」と、千代松が重ねて問ふので、
「六でおます。」と羞かしさうに、袖で口を掩うた。
「二十六?」
 笑ひながら千代松の嘲弄ふのを、お駒は眞面目に受けて首を振つてゐた。
「けんど十六とは見えんなア、十八九、二十歳に見る人もあるやろ、大柄やさかい。」と、千代松はまじ/\と、お駒の眞ん圓い、色の白い顏の、眼のパツチリとした、睫毛の長いのに見入つてゐた。
 もうそろ/\春先きで、逸早く這ひ出した蟻が、黒光りになつた臺所の大黒柱の根方の穴へ歸つて行くの…

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