えあ草紙・青空図書館 - 作品カード


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都会と田舎
とかいといなか
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「萩原朔太郎全集 第三卷」 筑摩書房
1977(昭和52)年5月30日
入力者kompass
校正者小林繁雄
公開 / 更新2011-08-25 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

ひとり私のかんがへてゐることは、
もえあがるやうな大東京の夜景です、
かかるすばらしい都會に住んでゐる人たちは、
さかんなもりあがる群集をして、
いつも磨かれたる大街道で押しあひ、
入りこみたる建築と建築との家竝のあひだにすべりこむ、
そこにはさびしい裏町の通りがあり、
ゆがんだ酒場の軒がごたごたと混みあつてゐる、
だぶだぶとながれる不潔な掘割、
煤煙ですすぼけたその附近の悲しい空氣、
そしてせまくるしい往來では、
いつも醉つぱらつた勞働者の群が混雜してゐる、
また一方には立派な大市街、
ぴかぴか光る會社の眞鍮扉錠、
紳士のステツキ、磨いた靴、石の敷石、歩道の竝木、
窓、窓、窓、窓、中央停車場ホテルの窓、
また一方はにぎやかな大通、
むらがる花のやうな美人の群、疾行するもの、
馬車、自働車、人力車、無數の電車、
淺草公園雷門、カフエ、劇場、音樂、理髮師、淫賣、家主、學生、大人に子供、
ああ、愉快なるメリイゴーラウンド、[#挿絵]轉木馬の上の東京大幻想樂。
すべてこれらの愉快なもの、運動するもの、酒をのむところ、きたないところ、さびしいところ、混雜したところ、深酷なもの、入りくんだもの、不思議なもの、日のあたるところのもの、日のあたらないところのもの、あかるくしてたのしいもの、くらくして悲しみにたへがたいもの、
ありとあらゆる官能のよろこびとそのなやみと、
ありとあらゆる近代の思想とその感情と、
およそありとあらゆる『人間的なるもの』のいつさいはこの都會の中心にある。
けれどもここにはなにがあるか、
遠く都會をはなれたここの田舍には何があるか、
ああ、ここには風がある、
はてしもなくひろがつた大空がある、
たかく盛りあがつた土壤がある。
森がある、
畑がある、
村落がある、
そして農人たちの眠つたい生活がある、
ああ、私のゐるこの田舍のさびしさにはたへられない、
みよ、あの遠い山脈には夕ぐれの野火がふるへてゐる、
ここのもろこし畑はひからびて風にざわざわ鳴る、
ここには人氣のないまつすぐの國道がある、
みじめな古ぼけた市街がある、
その市街はがらんどうで夜なんかはまつくらです、
ここの女たちはきめがあらくて色がくろい、
ここには文明がない、
ここには人間的なるものはなんにもない。

ここには自然がある、
おそろしく大きな手もつけられない自然がある、
田舍のすべてのものの上におほひかぶさつてゐる重くるしい陰鬱な自然である、
ああ、自然、
なんといふ冷酷な意地のわるい言葉であらう、
ああまたなんといふ恐ろしさで、
この自然が私の心の上にのりかかつてくることであらう、
私のたましひはその重みにくろずみ、
くるしくたへがたく土壤の下にすすりなきをするむぐらもちのやうだ、
そのいきづまるやうな陰氣なたましひ、
ひろびろとした曠野の中にふるへてゐるひとつの病みたるこころね…

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