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青春
せいしゅん
作品ID53665
副題献じる詩(牢獄にて)
けんじるし(ろうごくにて)
著者槙村 浩
文字遣い新字新仮名
底本 「槇村浩詩集」 平和資料館・草の家、飛鳥出版室
2003(平成15)年3月15日
入力者坂本真一
校正者雪森
公開 / 更新2014-10-31 / 2014-09-15
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

(若き日の孤独を灼きつくす情熱を
われらに与えよ
われらをして戦いに凍えたる手と疲れたる唇に
友を亨けしめよ
銀の鉛屋根の上に
朽葉色の標燈の照らす夜を
われらの老いたる母のひとり眠る時
明るき原と自由なる槌を、こゝに
赤きプラカードのごとく
われらと共に擁する友を亨けしめよ

牢獄! 崩れた喜びと愛と思い出の蘇る日
友と生活の悦びを
金盞花えの雑りけなき接吻と共に
鉄色の電気の溶流の瞬間の衝撃のごとく
野の空気の翼の自由なはためきの中に
放射状の紫の果樹の列を、裸わなる跣のくるぶしに踏みしめ
悩める囚われの日々と夜の森とを忘れ
友よ、美くしき少女の唇を心ゆくまで頒とう)

おゝあの美くしい日を誰が返してくれる
これはゲーテが失った彼のヒューマニズムについての歎声だった
だが僕は同じ首章をもって
戦いの中に、磨りへらされた一つの青春について
歌うのだ
僕は永久に行く――ヒューマニズムの不朽の希望について
そしてその不断に前方に波うつ自己像の前に
不朽の希望にふくらんだ胸一ぱいに双手を拡げて
僕は叫ぶのだ
おゝあの美くしい日を誰が返してくれる!と

牢獄で僕は黄銅のゆがんだ壁面に向ってこう呼んだ
革命と赤旗との符号が、この凹んだ影の上に白く輝いていた
友達とゆうものは
女の同志にもらった可愛いゝM・ボタンのかたみのように
何となつかしいものだろう
僕は小さいテリヤのように病み
(こゝでは
弱った心臓の上を弾き台のように行進する澄んだ血の混濁さがあり
そして毒の沼の中で、肋骨が一本々々めりこんで行ったのだ!)
飢えた昔のアヂトを夢みながら
むしょうに友がなつかしくなった
太陽!―――赤い自画像の中に写しとった歓呼する焔は
世界の乾板の上に
出没する友の肖像を灼きつけた
おゝ、たちこめた層雲のような遠いなつかしい部署の中から
同志は僕を呼び、僕は同志に答えた

美くしき友は来た
コーカサスの氷の嶺に匍いよる紫の靄のように
バスクの原っぱの濁れた頬に
巴丹杏色の太陽の接吻するように
生楽のパンタポーネを鳩色の胸に燃やしながら
囚われの鎖を腰に巻き
憂愁に蔽われた装われたる若さもなく
友は来た、常に情熱のほゝ笑みを投げながら
燃える眼眸の友は来た!

牢獄の暗い窓辺を打ち開いて
僕らは語り合った
黒と金の海流のうちよせる向う岸の物語を
赤色の心臓の列柱に交叉しては流れてゆく、静かな電流の響きを
太陽の旗幟をかゝげる男と女の疲れた労働者たちを
それらの間で活動する、セクトを知らぬ若き党のことゞもを
そして僕らは、目を見合せ
何となく幼い日の思い出に帰って来た
お互は接吻し
お互の身内にふと黄昏の女囚のかすかな歌の響きに似た
ものを感じ合った

(黄昏の女囚の歌)

囚塀の築地を君すぎて
苦き河辺の春を呼び
返らぬ花のひともとを
接吻しつゝ投げし時

聖き晨の鐘楼に
くる…

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