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同志下司順吉
どうしげしじゅんきち
作品ID53667
著者槙村 浩
文字遣い新字新仮名
底本 「槇村浩詩集」 平和資料館・草の家、飛鳥出版室
2003(平成15)年3月15日
入力者坂本真一
校正者雪森
公開 / 更新2015-06-09 / 2015-05-03
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


―――同志よ固く結べ  生死を共にせん
―――いかなる迫害にも  あくまで屈せずに
―――われら若き兵士プロレタリアの

それは牢獄の散歩の時間だった
独房の前で彼のトランクを小脇に抱えているむかしの友
同志下司と彼の口笛に七年ぶりで出あったのは!

彼は勇敢な、おとなしい、口笛の上手な少年だった
だが夏の朝の澄明さに似たあわたゞしい生活が流れてから
境遇と政治の過流が
私たちを異った都市と都市との地下に埋めた
そして今日―――汽船が
青く冴えた土佐沖を越えて
この同じ牢獄に、やゝ疲れた彼を運んで来たのだった!

彼は大阪の地区で精悍な仕事をして来た
敗北と転向の大波が戦線にのしかゝろうとした時
法廷で
彼は昂然と皇帝を罵倒した
危機の前に彼は屈辱を知らなかった
彼は党のために彼の最も貴重な青春の期間を賭けた
五年の拷問と苦役が
彼のつんつるてんな赤衣からはみ出た長身をけづり立て
彼の眼を故郷の鷲のように鋭くした
私たちは元気に挨拶を交わした
おゝ、若さが私たちを耐えしめた
―――彼は私と同じく二十一だった!

彼は昔ながらのたくましい下司だった
じめ/\した陰欝な石廊で
彼は斜めに
密閉した中世の王宮のような
天窓に向いて
こけた、美しい、青ざめた頬をほてらせ
ひょうひょうと口笛をふいた
タクトに合わせて
私はぢっと朽ちた床板をふみならしながら
しめっぽい円天井の破風に譜のない歌を聞き
敷石にひゞく同志の調べを爽やかに身近かに感じた

―――朝やけの空仰げ  勝利近づけり
―――搾取なき自由の土地  戦い取らん
―――われら若き兵士 プロレタリアの

離れた
石廊のかなたで
なぜとなく
私はうっとりと聞き入った
それは恐れを知らぬ少年のような、明朗な自由の歌だった
看守の声も、敷石のきしみも
窓越しの裁断機や鋸の歌も
すべての響きが工場の塀越しに消えていった
―――その塀はこんなにも低かった!

若いボルセヴィキの吹くコンツモールの曲は
コンクリの高壁を越えてひろ/″\と谺した
それは夏の朗らかな幽囚の青空に、いつまでもいつまでも響いていた………



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