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流れ行く歴史の動力
ながれゆくれきしのどうりょく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「津田左右吉歴史論集」 岩波書店
2006(平成18)年8月17日
初出「青年雄辯 五ノ二」1920(大正9)年2月
入力者門田裕志
校正者フクポー
公開 / 更新2017-04-26 / 2017-03-30
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 諸君、私は二ツの道と題して置きましたが、二ツの道とは何であるか、それはこの社会、世の中の進歩に就て確かに二ツの道があるというのであります。社会の種々なる現象は絶えず動いており、その流転し動揺し行くのが即ち歴史であるが、この流転動揺は如何にして起るものであるか、歴史進展の動力如何という事に就いて一面の観察を為して見たい。私のこれより述べようとする事は決して歴史発達の道程における全観察ではないのであります。故に述べんとする一面観を以て、歴史の全道程が説明し得るというのではありませぬ。一個人に就いて考えてもその人格には色々な特色がある。一個の人格の生成は決して一方面のみより見る事は出来ない。幼時あるいは幼稚な社会においてはその観察は比較的容易であるが、人が成長し歴史が進展するに従って、その観察方法は次第に困難を呈して来る。一個の事業でも見様によっては、なかなか複雑なものとなる。昔しの人はこれらの事に対する考は頗る呑気であってあの人は良い人であるとか、忠良であるとか、すべて簡単な様式で片附けてしまったのでありますが、これは社会の組織があまり複雑ならざる時代においても偏頗なる観察であります。いわんや今日をやである。
 すべて社会あるいは国家の――個人でも同じであるが――成立しておる所以のものは一の組織があって、それに固定した力と秩序とがあるからであります。この組織は必ずしも政府あるいは法律と限られた訳ではないが何らかの秩序、何らかの道徳的規準がなければならぬ。犬猫の如きですら細胞が一の組織を為し秩序ある生理的作用が行われずには彼らは生を保つ事が出来ない。一ツの秩序乃至組織は国家、社会に取って甚だ大切なるものであります。
 しかしながら単にこれあるのみでは未だ充分なる個人、国家、社会ではありません。これをその内部より動かして行く力がなければならぬ。組織の中より旧分子を去り新分子を加えて行かねば国家社会の進歩はない。秩序が固まれば死んでしまう。ある存在がその存在と同時に成長し発展し進化して行くには必ず以上二個の力を要するのであります。然るにこの二個の力は時によって良く調和することと然らざる事とがあります。もし良く調和結合する時は永くその存在を持続し、かつ発展進歩向上することが出来るのでありますが、これに反してもしその調和を欠くにおいては、煙山君の言葉を借りていえば隠居型ともなりまた夭折型ともなるのである。
 或る社会では組織の鞏固のみに重きを置かれる時代があります。既成の組織を以て絶対のものとなし、個性の自由発展は著しく束縛される。如此き社会においては年々歳々人相異るも年々歳々事相同じであって、個人の批評性と創造力とは殆んど萎縮し、人は制度の奴隷となって、民衆は元気なく空気は沈滞し、社会の進歩発達は遂に望むべからざるに至るのであります。反之或る場合には恰も革命時代の如く…

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