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日本歴史の特性
にほんれきしのとくせい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「津田左右吉歴史論集」 岩波書店
2006(平成18)年8月17日
初出「学生と歴史 第二版」日本評論社、1946(昭和21)年11月
入力者門田裕志
校正者フクポー
公開 / 更新2017-11-25 / 2017-10-25
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 日本の歴史の特性ということを話そうとすれば、つまりは日本の歴史そのものを話さねばならぬことになる。日本の歴史の特性は、全体としての日本の民族生活の歴史的発展の上にあらわれているものであり、そうして、その民族生活にも、その発展のすがたにも、いろいろの方面があって、しかもそれらが互にはたらきあって一つの生活となりその発展となるものだからである。けれども、ここでそういう話をするわけにはゆかないから、日本の民族生活の発展のありさまにおいて大切だと思われること、著しく目にたつことの、二つ三つをとり出して話してみるより外にしかたはあるまい。しかし、だれにもよく知られていることは、ことさらにいうには及ぶまいから、ここでは、大せつなことでありながら世間ではわりあいに重く見られていないというようなことがらを述べてみようと思う。ここに述べることだけが特性であるというのではない。なおここでいうのは主として文化史の側面においてであることをも、あらかじめおことわりしておく。
 そこで、第一に考えられるのは、日本の歴史は日本民族全体のはたらきによって発展して来たということである。それには、中央の権力者に対する意味での地方人のはたらきと、上流人に対する意味での民衆のそれと、の二つにわけて考えることが一ととおりはできると思うから、まずはじめの方のからいってみることにする。遠いむかしに日本の民族が一つの国家として政治的に統一せられた後も、地方にはクニノキミ(国造)アガタヌシ(県主)などといわれていた豪族が、それぞれ土地と民衆とをもっていたので、富は地方に蓄わえられていた。またナカトミ氏とかオオトモ氏とかモノノベ氏とかいうようなトモノキミ(伴造)の家、またはそれと同じような地位にある朝廷の貴族も、あちこちの地方にそれぞれ領土人民(部)があって、そこから入って来る租税などによって生活していたから、経済的の根拠はみな地方にあった。トモノキミの部下となって地方地方の領土人民をあずかっていたものは、それぞれの土地の豪族であって、かれらにはクニノキミやアガタヌシと肩をならべるほどの力があったように見える。(国造伴造と書かれたことばはクニノキミとトモノキミとであって、クニノミヤツコまたトモノミヤツコという風にこの文字を読んで来たのは、まちがいだろうと思われる。氏々のカバネとしての造もまたキミの語を写したものであろう。)地方の豪族はこういうようにして富をもち経済力をもっていたと共に、むかしはツクシ(筑紫)人が朝鮮半島のシナの領土(楽浪郡または帯方郡)へゆききして持って帰った工芸品の類をいろいろのしかたで手に入れていたし、ヤマトの朝廷がクダラ(百済)から、またそこをとおしてシナの南朝方面から、工芸品や技術や知識やをとり入れるようになると、それらもまた次第に彼らの間にゆきわたっていったらしい。どこの地方にも大…

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