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舞姫
まいひめ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 96 文藝評論集」 筑摩書房
1973(昭和48)年7月10日
初出「國民之友」1890(明治23)年1月
入力者j.utiyama
校正者八巻美恵
公開 / 更新1998-03-24 / 2014-09-17
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 鴎外漁史の「舞姫」が国民之友新年附録中に就て第一の傑作たるは世人の許す所なり。之が賛評をなしたるもの少しとせず。然れども未だ其瑕瑾を発きたるものは之れ無きが如し。予は二三不審の廉を挙げて著者其人に質問せんと欲す。
「舞姫」の意匠は恋愛と功名と両立せざる人生の境遇にして、此境遇に処せしむるに小心なる臆病なる慈悲心ある――勇気なく独立心に乏しき一個の人物を以つてし、以て此の地位と彼の境遇との関係を発揮したるものなり。故に「舞姫」を批評せんと欲せば先づ其人物(太田豊太郎)と境遇との関係を精査するを必要となす。抑も太田なるものは恋愛と功名と両立せざる場合に際して断然恋愛を捨て功名を採るの勇気あるものなるや。曰く否な。彼は小心的臆病的の人物なり。彼の性質は寧ろ謹直慈悲の傾向あり。理に於て彼は恩愛の情に切なる者あり。「処女たる事」(Jungfr[#挿絵]ulichkeit)を重ずべきものなり。夫れ此「ユングフロイリヒカイト」は人間界の清潔、温和、美妙を支配する唯一の重宝なり。故に姦雄的権略的の性質を備ふるものにあらざれば之を軽侮し之を棄却せざるなり(例へばナポレヲンがヨーゼフ[#挿絵]ンを棄つるが如し)。否な之を軽侮し之を棄却する程の無神的の苛刻は胆大にして且つ冷淡の偽人物に非ざれば之を作すこと能はざる為なり。今本篇の主人公太田なるものは可憐の舞姫と恩愛の情緒を断てり。無辜の舞姫に残忍苛刻を加へたり。彼を玩弄し彼を狂乱せしめ、終に彼をして精神的に殺したり。而して今其人物の性質を見るに小心翼々たる者なり。慈悲に深く恩愛の情に切なる者なり。「ユングフロイリヒカイト」の尊重すべきを知る者なり。果して然らば「真心の行為は性質の反照なり」と云へる確言を虚妄となすにあらざる以上は太田の行為――即ちエリスを棄てて帰東するの一事は人物と境遇と行為との関係支離滅裂なるものと謂はざる可からず。之を要するに著者は太田をして恋愛を捨てて功名を取らしめたり。然れども予は彼が応さに功名を捨てて恋愛を取るべきものたることを確信す。ゲエテー少壮なるに当ツて一二の悲哀戯曲を作るや、迷夢弱病の感情を元とし、劇烈欝勃の行為を描き、其主人公は概ね薄志弱行なりし故に、メルクは彼を誡めて曰く、此の如き精気なく誠心なき汚穢なる愚物は将来決ツして写す勿れ、此の如きことは何人と雖も為し能ふなりと。予はメルクの評言を以ツて全く至当なりとは言はず。又「舞姫」の主人公を以ツて愚物なりと謂はず。然れども其主人公が薄志弱行にして精気なく誠心なく随ツて感情の健全ならざるは予が本篇の為めに惜む所なり。何をか感情と云ふ。曰く性情の動作にして意思――考察と共に詩術の要素を形くるもの即ち是なり。蓋し著者は詩境と人境との区別あるを知つて、之を実行するに当ツては終に区別あるを忘れたる者なり。
 著者は主人公の人物を説明するに於て頗る前後矛盾…

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