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境界なき差別
きょうかいなきさべつ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「現代日本思想大系 26 科学の思想Ⅱ」 筑摩書房
1964(昭和39)年4月15日
初出「心理研究  第10巻」1916(大正5)年
入力者川山隆
校正者雪森
公開 / 更新2015-11-26 / 2015-09-01
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 この題目を見て、奇態な題と考える人があるかも知れぬ。差別があれば、その間に境界があるはず、境界がなければ、その両側には差別はないはずであるから、「境界なき差別」というのは題目自身の中にすでに矛盾を含んでいると考える人があるかも知れぬ。しかしここに述べんとする事柄に対しては「差別はあり境界はなし」との一句で全部をいいつくし得るゆえ、これよりもなおいっそう適切な題目を付けることはできぬ。
 実物について自然物を研究する人は「境界なき差別」に絶えず遭遇する。たとえば、脊に三本縦縞のある蛭の標本と脊に一本の縦縞のある蛭の標本とを比較するとその間の差別は実に明瞭で、この二種の間には判然たる境界があるごとくに思われるが、実物を多数集めて見ると、二者の中間の性質を帯びたものがいくらもあり、三本の縦縞のうち、両側にある二本の色がはなはだしく淡いものもあれば、中央にある明らかな一本の外に両側になお一本ずつ微かな縦縞の見えるものなどもあって、これらを順に並べて見ると、とうていどこにも判然と境界を定めることができなくなる。また蛭には体の後端に吸盤があり、蚯蚓には吸盤がないゆえ、普通の蛭類と普通の蚯蚓類とを比べて見ると、その差別は明瞭で、その間の境界も判然とあるごとくに思われるが、よく調べると、苔の下などにいる陸産の蛭の類には吸盤のないものがあり、他物に吸い付いて生活する蚯蚓の類には体の後端にりっぱな吸盤を備えたものがいくらもある。これらは昔は蛭類の仲間に入れてあったが、だんだん身体の構造を調べた結果、今日では蚯蚓類の方へ籍を移された。かかる次第であるゆえ、模範的の蛭と、模範的の蚯蚓との間にはきわめて明らかな差別がありながら、蛭類と蚯蚓類との境界はどこにあるかと尋ねられると、誰も正確に答えることはできぬ。
 かように差別はありながら境界はないということは、蛭や蚯蚓に限るわけではない。いかに差別のいちじるしい種類の間でも、ていねいに調べて見ると、かならず中間の性質を帯びたものがその間にあって、結局、境界は定められぬ。今日生存する動物種族の中で、鳥類と蜥蜴類とは外観も習性もずいぶんはなはだしく異なり、これは鳥類かまたは蜥蜴類かという疑問の起るような曖昧な動物は一種もないから、二者の間の境界はすこぶる判然たるごとくに見える。しかるに古代の地層から掘り出された化石を調べると、嘴に歯の生えた鳥、翼に爪のある鳥、後足で立って歩く蜥蜴、空中を飛ぶ蜥蜴など、あたかも鳥類の特徴と蜥蜴類の特徴とを七分三分とか四分六分とかに合せたごとき性質のものがいくらもあり、両方の性質を五分五分に兼ね備えた種類に至っては、全く鳥類と蜥蜴類との中間に位するから、鳥類と蜥蜴類との間の境界は全くないといわねばならぬ。また動物を胎生する類と卵生する類とに分けるが、胎生にも卵生にも種々の階級があって、生れたばかりの卵の…

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