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理科教育の根底
りかきょういくのこんてい
作品ID53871
著者丘 浅次郎
文字遣い新字新仮名
底本 「現代日本思想大系 26 科学の思想Ⅱ」 筑摩書房
1964(昭和39)年4月15日
初出「東亜の光 13巻11号」1918(大正7)年11月
入力者川山隆
校正者雪森
公開 / 更新2015-11-22 / 2015-09-01
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 近頃は理科奨励の声がすこぶる高い。りっぱな理化学研究所が新設せられ、理科や医科の研究者には補助金が与えられ、地方の中学校、師範学校における物理化学の設備を完全にするために何十万円かの金が支出せられた。また理科教育研究会という新しい会ができて「理科教育」と題する特殊の雑誌までが発行せられるに至った。明治維新以来五十年の間、ほとんどかえりみられなかった理科教育が今日急にかく流行し出したのは何故であるかというに、これは無論ヨーロッパ大戦争の影響で薬品、染料、ブリキ、ガラス板、その他、種々の日用品の輸入が止って、日常の生活にはなはだしい不自由を感ずるに至ったからである。理科の進歩が、民族将来の発展にきわめて必要であることは、今日始ったわけではないが、今までは、国民全体が、このことを痛切に感ずるような機会に一度も出遇わなかったために、いつも目前の問題にのみ気を取られている政治家や実業家などは、理科の研究をもって、隙人の道楽仕事のごとくにみなし、少しもこれに注意を払わなかった。しかるに今回はからずも、その欠陥がいちじるしく現われたので、にわかに騒ぎ出し、足元から鳥が立ったごとくに、急に理科研究の奨励を唱え出したのである。
 わが国現今の理化学全盛の状態は以上のごとくにして生じたものゆえ、無論一種の変態現象であって、一歩一歩順序を踏んで進み来ったわけではない。そのためでもあろうが、今日小学校や中学校で理科の授業を見るにいかにも急場の間に合せのごとく、ただ理科の範囲内の事実をなるべく多く教えて、生徒に覚えさせることにのみ力を用い、肝心の理科進歩の根底なる研究心の養成はすこぶる閑却せられている。折角の奨励も根底を忘れて枝葉のみに力をつくすようでは、その効果ははなはだ覚束ないもので、したがって、今日の理科熱も、暫時の後には、従来教育界に流行した他の熱と同様に冷却し去るのではなかろうかと思われる。真に理科の進歩をはかるならば、まずその根底を造ることに努めねばならぬ。



 最近五十年間におけるわが国文明の進歩は実に驚くべきもので、実際これだけの短い時の間に、これだけの大いなる進歩をなした例は他にはない。汽車、汽船、電信電話、飛行機、潜航艇を始めとして、他の文明国にあるだけの物はわが国にもあるというのはまことにりっぱなことで、わが国が今日の位地までに進み得たのは、全く絶えず文明に進むことに力をつくした結果である。しかしながら今日までに文明の進み来ったのは、ことごとく他国の文明を移し入れただけで、独力で工夫した部分はほとんど一つもない。他人の苦しんで発明したことをそのまま真似しただけであるゆえ、速かに進歩し得たのは当然である。これを物にたとえていえば、西洋諸国の文明の進み来ったのは根のある樹木に自然に花が咲いたごとく、わが国文明の急に進んだのは、他の樹木に咲いた花を取って…

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