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学問ある蛙の話
がくもんあるかえるのはなし
作品ID53890
著者知里 真志保
文字遣い新字新仮名
底本 「和人は舟を食う」 北海道出版企画センター
2000(平成12)年6月9日
初出「北海道大学新聞 332号」1949(昭和24)年7月12日
入力者川山隆
校正者雪森
公開 / 更新2013-07-09 / 2014-09-16
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 桃太郎の昔話をアイヌ語研究の先輩連に語らせるときっと面白いことになるだろうと思う。昔々、爺さんと婆さんがあった、爺さんがある日川へ洗濯に行った(註1あいにく婆さんはその日病気で動けなかったのである)すると川の下の方から大きな桃が流れて来た(註2これは誤植ではない。丁度その時満潮で川の水が逆流していたのである)まず、ざっとこんなぐあいになるかと思う。話がともすれば理屈に合わなくなる。するとそのつじつまを合わせるためにいかにも尤もらしい説明を加えたがる。それがこの人達の特徴である。その好い(?)例の一つが、次に述べるホロカの附く地名の解釈である。
 アイヌ語にホロカという語があり、バチラー辞書はこれを副詞として「後方へ向って」という解釈しか示していないが、本来は動詞であって「後へ戻る」という意味である。この語が形容詞として川の名を構成し、殆ど全道に亘って分布している。今ちょっと手許にある永田方正の『北海道蝦夷語地名解』(第四版)に当ってみるだけでも、次のように数多く見出される。(地名の解釈も永田氏による。)
[#挿絵]石狩国上川郡 ホロカイシカリ(逆流ノ渦川)
[#挿絵]石狩国樺戸郡 ホロカ[#挿絵]ク(却流川)ポンホロカ[#挿絵]ク(却流ノ小川)ホロポロカ[#挿絵]ク(却流ノ大川)
[#挿絵]石狩国雨龍郡 ホロカナイ(却流川)
[#挿絵]石狩国空知郡 ホロカアシュペッ(却流ノ立川)
[#挿絵]石狩国夕張郡 ホロカユーパロ(却流ノ湯口川)シーホロカペツ(却流川登川村の原名)
[#挿絵]石狩国厚田郡 ホロカシュオ[#挿絵](却流ノ箱川)ホロカアーラ(却流ノ蜥蜴川)
[#挿絵]後志国余市郡 ホロカイオチ(逆流ノ蛇川)
[#挿絵]後志国古平町 ホロカフーレピライ(却流ノ赤崖)
[#挿絵]渡島国松前郡 ホロカナイ(却流川)
[#挿絵]渡島国茅部郡 ホリカペッ(逆流川、和名サカサ川)
[#挿絵]胆振国山越郡 ホロカユーラ[#挿絵](却流ノ温泉川)
[#挿絵]胆振国虻田郡 ホロカペッ(却流川)ホロカヌプキペッ(却流川)
[#挿絵]日高国新冠郡 ホロカウンペッ(却流川)ホロカピポク(却流ノ岩陰川)
[#挿絵]十勝国河西郡 ホロカレウケ(逆流ノ曲リ川)
[#挿絵]天塩国上川郡 ホロカナヨロ(却流ノ谷川)
[#挿絵]北見国紋別郡 ホルカモペッ(逆流ノ静川)
 これらのホロカを永田氏は一つの例外もなしに水が後戻りするものと考え、「逆流の」「却流の」という訳語でかたづけている。つまり桃を川下から流したのである。そこでそれを合理化する為には、どうしても満潮の理論を持出して来なくてはならなかった。渡島国松前郡のホロカナイを却流川と訳し、更にそれに註して「潮入リテ河水却流ス、故ニ名ク」と書いている。ところが、あいにくなことには、これらのホロカは、いかに満潮でも到底河水が逆流すべくもないよ…

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