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洞爺湖の伝説
とうやこのでんせつ
作品ID53893
著者知里 真志保
文字遣い新字新仮名
底本 「和人は舟を食う」 北海道出版企画センター
2000(平成12)年6月9日
初出「北海道風物誌」楡書房、1956(昭和31)年8月
入力者川山隆
校正者雪森
公開 / 更新2015-08-26 / 2015-05-24
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 虻田の村の酋長の妻が或る時突然病んで、どんなに加持祈祷しても験がなく、病は重くなるばかりだった。その頃豊浦の村に洞爺湖の主を憑神にもつ有名な巫女が居たのでそれに巫術をさせたら、やがて神がかりの状態になって次のように謡い出した――
サアエエ サアオオ
俺の支配する湖のまん中に
俺はぽっかり浮上がった
寒いぞよ 寒いぞよ
湖の上へ 湖の下へ
あたまの白波を従えて
俺は泳いでいる
寒いぞよ 寒いぞよ
火を焚け 火を焚け
 ――こう云って託宣が始まった。ここで湖と云っているのは洞爺湖のことで、寒いぞよ寒いぞよと繰り返しているのはそこの主が竜蛇だからである。竜蛇は大蛇に翅の生えた姿に考えられ、蛇の通有性として寒さに弱く、それで火を焚けなどと云ったのである。その時の託宣はこうだった。アイヌの俗信では畑に種を播く時シギの卵に浸して播くと稔りがいいというので、酋長夫人はわざわざシギの卵を探して来てそれに粟の種を浸して播いたのが、計らずも悪い兎の睾丸だった。それで悪い兎は子を取り返すために酋長夫人の心臓の紐をかじりかじりしているのが病気の原因である。それを救うためには、長持の中にしまってある小袖や玉や耳輪を賠償に出せばいい、というのであった。しかるにこの酋長の妻は託宣にそむいてそれらの品を手放すことを拒んだので、まもなく死んで行ったということである。
 洞爺湖の名は和人が附けたものである。アイヌはこれを唯トー(湖)と呼んでいた。それが洞爺湖となったのは、この湖畔に洞爺という村があったからである。トーヤは湖畔という意味で、通説の如く「湖の傍ナル丘」とするのはどうやら誤訳である。
〈『北海道風物誌』楡書房 昭和31年8月〉



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