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仏法僧鳥
ぶっぽうそうちょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆2 鳥」 作品社
1983(昭和58)年4月25日
初出「時事新報」1928(昭和3)年1月4日、5日
入力者川山隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2013-11-25 / 2014-09-16
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 大正十四年八月四日の朝奈良の宿を立って紀伊の国高野山に向った。吉野川を渡り、それから乗合自動車に乗ったころは、これまでの疲れが幾らか休まるような気持でもあった。これまでの疲れというのは、比叡山で連日『歌』の修行をし、心身へとへとになったのをいうのである。
 乗合自動車を乗り棄てると、O先生と私とは駕籠に乗り、T君とM君とは徒歩でのぼった。そうして、途中で驟雨が沛然として降って来たとき駕籠夫は慌てて駕籠に合羽をかけたりした。駕籠夫は長い間の習練で、無理をするというようなことがないので、駕籠はいつも徒歩の人に追越された。徒歩の人々は何か山のことなどを話しながら上って行くのが聞こえる。それをば合羽かむった駕籠の中に聞いていては、時たま眠くなったりするのも何だかゆとりが有っていい。
 駕籠は途中の茶屋で休んだ時、O先生も私も駕籠からおりて、そこで茶を飲みながら景色を見て居た。茶屋は断崖に迫って建っているので、深い谿間と、その谿間を越えて向うの山巒を一目に見ることが出来る。谿間は暗緑の森で埋まり、それがむくむくと盛上っているように見える。白雲が忙しそうに其間を去来して一種無常の観相をば附加える。しばらく景色を見ていた皆は、高野山の好い山であるということに直ぐ気がついた。徒歩の二人はもう元気づいて、駕籠の立つのを待たずにのぼって行った。
 併し、女人堂を過ぎて平地になった時には、そこに平凡な田舎村が現出せられた。駕籠のおろされた宿坊は、避暑地の下宿屋のようであった。
 小売店で、高野山一覧を買い、直接に鯖を焼くにおいを嗅ぎながら、裏通りにまわって、山下という小料理店にも這入って見た。お雪という女中さんが先ず来て、それから入りかわり立ちかわり愛想をいいに女中さんが来た。
『院化はんも時たま来なはります』
 こういう言葉をそこそこにO先生をはじめ山下を出た。私等はこの日霊宝館を訪ねる予定であったが、まだ雨が止まぬので此処に一休するつもりで来て、雨の霽れるのを待たずに此処を出たのである。併し女中さんが二人で私等を霊宝館まで送って来た。霊宝館の廊下から振返ると、二人の女中さんは前の小売店の所で何か話込んでいるのが見えた。霊宝館では、絵だの木像だのいろいろの物を観たが絵には模写もあり本物もあった。薄暗いところで仏像などを観ていると眠くて眠くて堪らないこともあった。これは先刻麦酒を飲んだためである。
 それから私等は、杉の樹立の下の諸大名の墓所を通って奥の院の方までまいった。案内の小童は極く無造作に大小高下の墳塋をば説明して呉れた。
『左手向う木の根一本は泉州岸和田岡部美濃守』
『この右手の三本は多田満仲公です。当山石碑の立はじまり』
『左手うえの鳥居三本は出羽国米沢上杉公。その上手に見えてあるのは当山の蛇柳です』
『右手鳥居なかの一本は奥州仙台伊達政宗公。赤いおたまやは井伊かも…

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