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棺の後ろから
ひつぎのうしろから
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本プロレタリア文学集・38 プロレタリア詩集(一)」 新日本出版社
1987(昭和62)年5月25日
初出「戦旗」1928(昭和3)年7月号
入力者坂本真一
校正者雪森
公開 / 更新2015-12-16 / 2015-09-01
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



爺さん、立上れ!
お前はそっちを担いでくれ、俺はこっちを担ぐ
泣くな、爺さん、これがどうしたと言うんだ?
死んだんだ、死んだだけだ
そして死ぬと言う事は死ぬことだ――
「お粥でいいから、ねえ、食べさして」
と彼奴が言った時に、
お粥はおろか、のりも無かったことだ。
「薬を差上げるからおいでなさい」
と医者が言った時に
俺とお前の空の財布が叫び声を立てたと言うことだ。
一番しまいの息を引取る時に、
彼奴の咽喉はピストンに油が切れた様にヒューヒュー言ったろう
彼奴は火箸の様な手を天井の方へ差上げたろう
そして「苦しい、苦しい、助けて頂戴な」と言ったろう
それが死だ――畜生!
そして死んじまやがった
あたり前だ、油が切れたんだ!
お前の娘だった、そして俺の女房になる筈だった
頬っぺたの青い、いつもしめった様に水っぽい髪をした奴はおれ達のところから居なくなりやがった。



ヨロヨロするな、爺さん!
「助けて頂戴な」と言われても
彼奴のわきにはお前と俺と二人しか居なかった。
そして彼奴の咽喉にからんで来る最後のタンがいくらゴロゴロ言っても
二人には手出しが出来なかった。
「俺はあんなゴクつぶしのストライキなぞに入るんじゃ無かった、いい年をして」
爺さん、お前は血迷って、そう言ったな、
よかろう! お前が俺達と一緒にストライキに入っていなかったら
そうさ、お前は絹の着物を着れたのか?
それから、彼奴が喜こんでくれたのか?
爺さん、ヨロヨロするな!
――彼奴は何もかも知っていた、
「苦しい、助けて」と言ったのは彼奴だったが、
しかし彼奴一人が本当は言ったのじゃ無いんだ。
その後に俺が
「おかね、まだ見えるか?」と言うと
彼奴は何と言った、え、爺さん、おぼえているかい?
「暗いから、あかりをつけて……」
その電燈が一ヵ月前から料金未納でヒューズが切ってあるんだ、だのに
「暗いから、あかりをつけて……」



「私が工場でね、検温器を検査器へかけるのをホンのちょいとグズグズしていると
私の手がそれを握っているもんだから
水銀がドンドン昇るのよ、
そいでも三十八度四分位しきゃ昇らないけど
わきの下にかけたら三十九度までは、きっと昇るでしょ」
彼奴は笑いながらそう言った、
びっくりして手を額に当てたら、火だ。
俺達の女達は四十五度になっても、自分の拵えた検温器をかけられない。
彼奴の工場であんなに沢山拵えた検温器は一体誰が使うんだ?
ねえ爺さん、お前も俺もとうとう知らずにすんだ
彼奴の病気が肺病だかチブスだか肋膜だか脚気だかを。
知っているのは彼奴がくたばった事だけだ。
一番しまいに「暗いから、あかりをつけて」と言って――。



もう直ぐだ、爺さん、シャンとしな
そんなに腰を曲げて前のめりになるな。
お前一人じゃ無いんだ、一人娘をとられたのは。
俺一人じゃ無いんだ…

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