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或る淫売婦におくる詩
あるいんばいふにおくるし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本プロレタリア文学集・38 プロレタリア詩集(一)」 新日本出版社
1987(昭和62)年5月25日
初出「感情」1917(大正6)年9月号
入力者坂本真一
校正者雪森
公開 / 更新2015-12-08 / 2015-09-01
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


女よ
おんみは此の世のはてに立っている
おんみの道はつきている
おんみはそれをしっている
いまこそおんみはその美しかった肉体を大地にかえす時だ
静かにその目をとじて一切を忘れねばならぬ
おんみはいま何を考えているか
おんみの無智の尊とさよ
おんみのくるしみ
それが世界の苦みであると知れ
ああそのくるしみによって人間は赦される
おんみは人間を救った
おんみもそれですくわれた
どんなことでもおんみをおもえばなんでもなくなる
おんみが夜夜うす暗い街角に餓えつかれて子猫のようにたたずんでいた時
それをみて石を投げつけたものは誰か
あの野獣のような人達をなぐさむるために
年頃のその芳醇な肉体を
ああ何の憎しみもなく人人のするがままにまかせた
歯を喰いしばった刹那の淫楽
此の忍耐は立派である
何というきよらかな霊魂をおんみはもつのか
おんみは彼等の罪によって汚れない
彼等を憐め
その罪によっておんみを苦め
その罪によっておんみを滅ぼす
彼等はそれとも知らないのだ
彼等はおのが手を洗うことすら知らないのだ
泥濘の中にて彼等のためにやさしくひらいた花のおんみ
どんなことでもつぶさに見たおんみ
うつくしいことみにくいこと
おんみはすべてをしりつくした
おんみの仕事はもう何一つ残っていない
晴晴とした心をおもち
自由であれ
寛大であれ
ひとしれずながしたなみだによって
みよ神神しいまで澄んだその瞳
聖母摩利亜のような崇高さ
おんみは光りかがやいているようだ
おんみの前では自分の頭はおのずから垂れる
ああ地獄のゆりよ
おんみの行為は此の世をきよめた
おんみは人間の重荷をひとりで背負い
人人のかわりをつとめた
それだのに捨てられたのだ
ああ正しい
いたましい地獄の白百合
猫よ
おんみはこれから何処へ行こうとするのか
おんみの道はつきている
おんみの肉体は腐りはじめた
大地よ
自分はなんにも言わない
此の接吻を真実のためにうけてくれ
ああ何でもしっている大地
そして女よ
曾て彼等の讚美のまっただ中に立ちながら
ひとときのやすらかさもなかった
おんみを蛆虫はいま待っているのだ
あらゆるものに永遠の生をあたえ
あらゆるものをきよむる大地
此の大地を信ぜよ
人間の犠牲としておんみは死んでくださるか
自分はおんみを拝んでいる
彼等はなんにもしらないのだ
わかりましたか
そして吾等の骨肉よ
いま一どこちらを向いて
おんみのあとにのこる世界をよくみておくれ
(『感情』一九一七年九月号に「或る淫売婦におくる」と題して発表 一九六一年十二月弥生書房刊『山村暮鳥全集』第一巻を底本)



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