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泥沼呪文
どろぬまじゅもん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本プロレタリア文学集・38 プロレタリア詩集(一)」 新日本出版社
1987(昭和62)年5月25日
入力者坂本真一
校正者雪森
公開 / 更新2015-12-19 / 2015-09-01
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


人生凡そ金の無い程つらい事はない
人間凡そ米の無い程なさけない事はない。

あたしゃ機械のブラケットの
[#挿絵]から生れた無籍女さ
けれども人なみに何か世の為めに尽くしてみたくなって
始めたしょうばいがこれだよ
妻を買う金も無い貧乏な労働者に
最も安値で飯のつぎに必要なものを供給することは
簡易食堂や無料浴場より
少しは重い社会奉仕

あたしゃ随分やすく売ったねえ
ひとが二枚半とるところは一枚
それも無い者にはオブ代だけで
殆ど無制限に提供したよ
おかげでオヤジからは何時も叱られどおし
たまに有る奴からウントしぼっても
うまい汁は皆な吸われてしまう

ところが、その報いは結核性痔瘻と梅毒の硬化
ええ! 肛門も何も滅茶苦茶だ
おまけに感覚はすっかり痲痺
なおその上に拘留と罰金さ
それを宣告した巡査が、二度もあたしを買いに来たよ

でも、尻をおさえながら我慢して稼ぎ
漸く痔瘻と梅毒の手術代を儲けて
医学博士の病院へ入院さ

何のことはない魚の料理
ガラスの手術台へ素っ裸にして乗せられ
手も脚も縛って目隠しを当て
メス、※法[#「哭」の「犬」に代えて「奄」、U+20F05、166-下-14]ガーゼ、テジタイ(物理学の「音」その儘な医者の声)
じりじりっと肉が焦げたらお終いだ
ドクトルの労賃はまた素的に高い

腰髄魔睡が醒めると
皮をはぐような疼痛
看護婦の眼は冷たく氷色の侮蔑
 淫売婦、狐、畜生しょうばいの罰だ、といっている
院長先生医学博士は、過ぎし日あたしが持った杼と同じように
あたしの体を只だ一個の器械としてより以上には取り扱わない
工場主と魔窟のオヤジと院長と
そこにどれ丈けの距たりがあるね?

ためたお金では傷口の肉がまだ二分の一しかあがらず
退院した時にゃ腰のきれない程の借金で、それを返す為めの詮方ない荒稼ぎさ(廉売は必然止しこねえ)
ところが、三つき目の今日は早もと通りで再び病院へ奉公しなきゃもう持ち堪えん

これがあたしの考えた犠牲的奉仕の報酬だってさ
ええ! くそ癪に触わる
群がる鴉どもに此の腐肉をつつかせて(消毒もせずに其の儘)
羅馬の滅亡でも偲ぼうかなあ……
――五月二十二日、淫売窟に近き小工場にてペレスを廻わしながら――
(一九二六年七月改造社刊『無限の鐘』を底本)



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