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再生の日の海を眺めて
さいせいのひのうみをながめて
作品ID54022
副題――その日牢獄を出でたる一革命家の歌える
――そのひろうごくをいでたるいちかくめいかのうたえる
著者松本 淳三
文字遣い新字新仮名
底本 「日本プロレタリア文学集・38 プロレタリア詩集(一)」 新日本出版社
1987(昭和62)年5月25日
初出「種蒔く人」1921(大正10)年11月号
入力者坂本真一
校正者雪森
公開 / 更新2015-10-13 / 2015-09-01
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


俺は再び海を見るのだ!
ひろいひろい海を見るのだ!
それは、絵より詩より もっと大きい、もっと美しい
動いている海、輝いている海!
ああはっきりと映って来る海!

俺は岩に腰をおろした
やせた両手を胸に抱いた
「貴方の御出をどんなに待ったか知れません、
 よくも貴方は、生きて再び私の姿を見て呉れます……」
海は大きい胸をたたいて
まず何よりもにっこりした
そして 鮮な潮の香りを
たえず――俺の体に送った
泣きたい 笑いたい 手をふりたい!
また身をぞんぶんに揺すりあげたい!
――この心
俺はこうした自由な体に
そして、ああ幾年ぶりにこの壮麗な海を見るのだ!
暗い地下室、つめたい板敷
(ここに来るものはすべての希望を後に見捨てる!)
あの恐ろしい牢舎の裡から
よくも俺だけは生きて出て来た!

あれ、真白いランチが走って来る
赤い三角帆のヨット、その上を散らばる鴎の群の軽快さ
波止場に並んで じっと動かぬ
赤い帆船のバウスプリットと 頑丈そうな錨、また錨でな
彼方――みどりに輝く遠い岬の だんだん畠と木立、白雲
青い マッチ箱のような望楼
そこに――かすかにかすかにひらめく旗!

俺は静かに眼をつむった
あとからあとから熱い涙が流れてやまない
ああ……昔から幾百人もの
所謂先駆者と称ばれた男が
あそこであのまま(丁度俺たちが居たように……)
くらい洞穴の底深くとじられ
そして最後が
(二行抹消)

永遠に陽のめをおがまぬ谷底へ
(一行抹消)

静かな大空 あかるい暖かな外気
歌う小川と森の寂音――綺麗に色彩づけられた四季の田園
またやさしい妻と いとしい子供ら
そしてそれらと
動いている海、輝いている海!
かつて朝夕に眺めた海のほのかな記憶を
(ああすべてが最終審判の日に於て)
彼等は果して憶い出さずに居たであろうか?
また、真理をあざむく教誨師の前に
あるいは、懐中時計を用意する
(二行抹消)

無情極まる監獄医の前に
(一行抹消)
ああ……やさしいやさしい海の浪音!
それが彼等の意識の面に
しばし響いた(あるいは響いた)
否! 響かなかったとどうして言えよう……

俺はやがて眼をひらいた
再び広い海をみつめた!
(何と大きい、もの珍らしい姿であろうぞ……)
俺は今や自由な体だ!
俺は確実に生きているのだ!
よくもあそこで殺されなかった!
よくも再び歓喜の世界へ浮び上った!

最も深刻な「生命」と「正義」を
さらに熱烈に把握して
ここにみつめる、海! 海! 海!

そしてあらゆる物象よ!
泣け 笑え 狂え おどれ――この心
ああ俺はとても言葉につくせぬ あらしのような歓喜を透して
 海を見るのだ! 広い広い海をみるのだ!
(『種蒔く人』一九二一年十一月号に発表)



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